「どの口がそんなこと言えるのか……」 涼太の憎まれ口を遮るようにドアが開き、「TAP」 専属の獣医師が入ってきた。 「先生! どうでしたか!?」 条件反射――弾かれたように、璃々は立ち上がった。 涼太と天野も、釣られたように腰を上げた。 「四頭とも、栄養失調や感染症でかなり衰弱していましたが、みな、なんとか持ち堪(こた)えてくれています。まだ、予断を許さない面もありますが、恐らく大丈夫でしょう」 「よかった……」 安堵(あんど)に、璃々の足から力が抜けてよろめいた。 「先輩っ、大丈夫ですか!?」 慌てて、涼太が璃々を支えた。 涼太や天野の手前、心配していないふうを装っていたが、脳裏には最悪な光景がちらついていた。 内心では、もしものことがあったらと考えだだけで、居ても立ってもいられなかったのだ。 「ありがとう。ちょっと、立ち眩(くら)みしただけだから。先生、本当にありがとうございました!」 璃々は、深々と頭を下げた。 「いやいや、頑張ったのはあの子達だから。彼らは、凄い生命力だったよ。みんな、よく頑張った」 獣医師が、感慨深い表情で頷いた。 「会えますか?」 「点滴を打ちながらみんな寝てるけど、それでもよければ」 「寝顔を見るだけで、十分です」 本音だった。 あの子達の寝息を聞き、脇腹が上下しているのを見られるだけでいい。 「じゃあ、こちらへ」 獣医師に促され、璃々達は「待機室」を出た。 ☆ 壁に設置された入院スペースのケージ……上段に小型犬、下段が中、大型犬のケージになっていた。 点滴に繋(つな)がれ俯(うつぶ)せになる四頭の背中が上下するのを確認し、璃々は改めて安堵した。 「頑張ったな、えらいぞ」 涼太が腰を屈め、プードル系の雑種に声をかけた。 「本当に、頑張ったわね」 璃々はしゃがみ、四頭を柔らかな眼差しでみつめた。 ラブラドールレトリーバーの雑種の尾が、微(かす)かに動いた。 不意に、涙が込み上げた。 こんなひどい目に遭いながらも、この子達はまだ人間を信じてくれようとしている。 餌も貰えず、散歩にも連れて行って貰えず……命を失いかけるほどに放置されても、一言声をかけてあげるだけで喜びを表現する。 「動物から見習うこと、こんなにあるんですね」 天野が、しみじみとした口調で言った。 「そうね。人間は豊かになり過ぎてなんでも手に入れることができるようになった代わりに、一番大事なものを手放したのかもしれないわね」 璃々は、天野や涼太にわからないよう手の甲で涙を拭いた。 胸ポケットのスマートフォンが震えた。 ディスプレイには、佐々木さん、と表示されていた。 「なにかありましたか?」 電話に出るなり、璃々は訊ねた。 『あの子達のことが気になりまして。どんな感じでしょうか?』 「いま、点滴を受けながら眠ってます。これから栄養と免疫力をつけて、どんどん元気になりますよ」 『よかった……ありがとうございます。本当に、感謝します』 「いえ、頑張ったのはこの子達です。それに、まだ終わったわけではありません。ほかのワンちゃん達を、保護できていませんから」 璃々は、自らに言い聞かせることで気を引き締めた。 四頭が峠を越したからとはいえ、四十頭以上がいまこうしている間にも劣悪な環境に放置されているのだ。 『その件ですが……あっ……』 『犬泥棒めが! わしの犬達はどうなった!?』 電話に割り込んできた老人が、いきなり璃々を罵倒(ばとう)した。 「四頭とも、一命は取り留めました。このまま、回復の方向に向かうでしょう。ですが、あと一日……いいえ、数時間病院に連れて行くのが遅れたら、命を落としていました。おじいさんが、奥様が遺した大切な宝物を死なせるところだったんですよ? 逆を言えば、倒れたのがこの子達四頭だけで済んでいるのが奇跡です。いまならまだ、間に合います。取り返しがつかなくならないうちに、残りの子達もウチが保護……」 『うるさい! わしに説教する気か!? 盗人猛々(たけだけ)しいとは、お前のことじゃ! もう、面倒になったから、残りも全部くれてやるわい!』 老人が、捲(まく)し立てた。 「それは、おじいさんの飼っているすべての犬達を保護してもいいということですね?」 『何度も言わせるなっ。くれてやると言ったじゃろう!』 予想外の急展開だった。 犬の世話が面倒になったのが本当の理由かはわからないが、老人が頑(かたく)なな態度を一変させ彼らの保護を認めたのは事実だ。 「ご理解頂き、ありがとうございます。では、早速ですが明日、お伺いする時間を決めさせて頂いてもよろしいですか?人員の手配がありますので、早くても午後からになります」 老人の気が変わらないうちに、一気に話を進めておきたかった。 明日までに動物愛護相談センターの協力を仰げるか、また、無事に保護できても受け入れ先の施設が決まっていない現状を踏まえると、犬達を保護するのは二、三日後のほうがよかった。 だが、強制保護するつもりだったときの手間を思うと、老人の許可を得たいまのほうが比べ物にならないほどスムーズに事を運ぶことができる。 『ただし、一つだけ条件がある』 「なんでしょう?」 『フミだけは、わしのもとに遺してほしい』 「フミ? ワンちゃんのことですか?」 『そうじゃ。垂れ目なところがどことなくが女房に似ておったから、同じ名前をつけたんじゃ』 老人の言葉が、璃々の心に深く刺さった。 そして、犬に飽きたからくれてやるというのが本音ではないとわかった。 「わかりました」 『本当か!? フミは飼ってもいいんじゃな!?』 老人の声か弾んだ。 「はい。ただし、それを認めるには私からも条件があります」 情に流されそうになる自分を、点滴で繋がれている四頭を見て引き戻した。 『なんじゃ?』 「いったん、フミちゃんも保護します。それから一ヵ月の間、おじいさんのお宅に抜き打ち訪問して様子を観察します。お酒を止めて、サークルを清潔に保ち、規則正しい生活に戻ったと判断できればフミちゃんをお戻しします。ですが、また生活がもとの乱れたものに戻れば、フミちゃんをふたたび保護することになります。そしてもう二度と、おじいさんにお戻しすることはできません。この条件を呑んでくださいますか?」 束の間、沈黙が広がった。 だが、それは老人が逡巡(しゅんじゅん)している沈黙でないことを、微かに聞こえてくる嗚咽(おえつ)が代弁していた。 フミは、きっと老人のもとに戻ることができる。 返事を聞く前に、璃々の心は確信していた。
新堂冬樹(しんどう・ふゆき)
金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。 『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など
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July 17, 2020 at 12:02AM
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