令和3年7月2日
「米、ワクチン特許放棄支持」。日本では大型連休明けの5月6日、ニュースが世界を駆け巡った。新型コロナは私たちの生活、社会、経済など色々なところに影響を及ぼしているが、貿易の世界でも、ワクチンなどの医療品をめぐり新たな問題を投げかけている。新型コロナと戦うWTOの奮闘ぶり(連載第11回~第14回)、今回は「貿易と保健イニシアティブ」及びワクチンと知的財産の関係について、最新の動きを御紹介したい。
「貿易と保健イニシアティブ(Trade and Health Initiative)」。我々は頭文字をとってTAHI(タヒ)と呼んでいる。日本もその一員であるオタワ・グループと呼ばれる有志国の集まりが、新型コロナを受け各国が走った医薬品などの貿易制限措置のルール化を目指す取組だ。「タヒ」は、パンデミックに際してやむなく輸出規制する場合であっても、対象や期間をできるだけ限定すること、WTOに通報することや、税関での手続をスムーズにすることなどを求めることが柱だ。現在、内容をさらに充実させ、また、できるだけ多くの国が仲間に加わるよう議論を進めている。
次に紹介するのが、ワクチンと知的財産を巡るWTOの取組。この話題、化学・生理学に特許などの専門知識が必要で、ジュネーブでもその道のプロが眉間にしわを寄せて議論するのが常だった。ところが、新型コロナの身近な問題として一気に世間の注目を集めることになった。
WTOでの議論の発端は、インドと南アフリカの提案だ。WTOの知的財産に関する協定(TRIPS協定、通常「トリップス」と呼ばれる)は、加盟国に知的財産を保護する義務を課している。2020年10月、インドと南アフリカは、大胆にも、新型コロナに対応するためには、ワクチンや医薬品、医療品を手頃な価格で迅速に手に入れることができるよう、このような義務を免除すべきだ、と提案した。現に、ワクチンの配分は製薬企業のある先進国に偏っており、途上国に行き渡らせるには、製薬企業が開発したワクチンを各国が自由に作れるようにする必要がある、知的財産の保護義務がその「高いカベ」となっていると主張する。
これに対し、当然ながら、先進国の製薬業界はこの提案に猛反対。知的財産の保護は我々が新しいワクチンや薬を開発するインセンティブだ、そしてワクチンの生産拡大には、知的財産の保護を前提とした先発企業からのノウハウの提供や技術移転といった自発的な協力がよほど効果的だ、と反論する。また、仮に、誰でもワクチン製造に必要な技術が使えるようになったとしても、本当に製造拡大につながるかについても疑問だとする。すなわち、コロナのワクチンに用いられるメッセンジャーRNAの技術などは、新しく非常に高度な技術だ、特許は料理のレシピと例えられることがあるが、レシピだけもらっても、すぐに途上国で作れるようにはならない、手の込んだ料理を一度も作ったことのない人が、レシピを見ただけで高級レストランの味を家庭で再現できないのと同じだーというのだ。懐疑派は、加えて、ワクチンの安全性を確保するには先発企業が持っているノウハウが必要、特別な材料も必要、ワクチン液を培養するのに特殊な医療用ビニール袋なども必要、材料調達のためのサプライチェーンの整備も必要・・・、と必要なものづくしであり、知的財産の保護義務の免除は「万能薬」ではない、と説明する。
WTOでは、インドと南アの提案に多くの途上国が賛同している。日本は、途上国を含むワクチン供給・製造を拡充する観点から、この提案を巡る議論にも建設的に参画してきている。5月上旬の米国の発表は世界の注目を集め、確かに雰囲気を変えたが、以上のようにワクチンと知的財産を巡る事情は複雑である。WTOのコンセンサス(全会一致)原則にしたがい、全164の加盟国が納得する解決策を見いだし合意に至るのは決して容易ではない。
ワクチン生産を拡大し各国に公平に行き渡らせるために、どのようなアプローチが必要・有益か、引き続き幅広い観点から議論していく必要がある。この点、オコンジョ=イウェアラWTO事務局長は、企業同士の連携による供給増を目的として、大手製薬企業、国際機関、先進国及び途上国の代表を集めて会合を行った。こうした対話を通じて、企業間の自発的な取り組みによる途上国への生産拠点の設置に向けた取り組みも進めていきたい考えだ。
我々の生活とは切り離すことのできない保健やワクチンについて、安全安心な日常を取り戻すべく、WTOでも日夜、加盟国が奮闘している。日本も広い視野と創造的アイディアで、この重要課題の解決に貢献していきたい。
からの記事と詳細 ( 第29回:新型コロナ対応にWTOも必死(その5)「貿易と保健イニシアティブ」及びワクチンと知的財産権 - Ministry of Foreign Affairs of Japan )
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