Q1.『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』の出版から約3年がたちました。あなたはヴィタリック・ブテリンやオードリー・タンとともに、次世代の政治経済を志向するグローバルな社会運動「RadicalxChange」を運営してきましたが、あなたが書籍のなかで提案したラディカルなアイデアは社会にどれほど浸透したでしょうか?(『WIRED』日本版編集部)
いくつか例を挙げてみましょう。二次の投票(Quadratic Voting、以下QV)はコロラド州政府や台湾、シンガポールなどで使用されています。なんとストラテジーゲーム「シヴィライゼーション VI」の拡張パック「Gathering Storm」の投票メカニズムとしても採用されたんです!
最も成功を収めたアイデアは、QVと密接に関連する手法の「クアドラティック・ファンディング(Quadratic Funding)*1」です。オープンソースソフトウェアの資金調達の主要なアプローチとなり、何百万ドルもの資金調達を支え、その金額は瞬く間に数十億ドルに達しました。コミュニティの財政的支援を念頭に考案されたものですが、カナダの移住制度や、有力な米大統領候補による米国での制度の提案においても重要な役割を果たしました。
また、著書から生まれたアイデアは、世界中のデータ政策の中心となっています。RadicalxChange は、EUデータガヴァナンス法(Data Governance Act)*2の策定にあたり中心的な役割を果たした模擬法案をつくりました。さらに、この法案の背景にある原則への支持を表明するために、世界中の専門家やリーダーたちが署名した公開書簡をまとめました。書簡はまもなく発表される予定ですが、これらのアイデアがデータガヴァナンス改革の基礎となることを期待しています。
Q2.これまで民主主義は経済成長や公衆衛生に貢献すると考えられてきました。しかし、わたしの最近の研究では、21世紀に入ってから民主主義はGDPの成長に持続的なマイナスの影響を与え、2020年には民主主義が原因となり、COVID-19による死者が増えたことがわかりました。グレンさんは、今日の民主主義をどのように評価していますか?(成田悠輔)
「民主主義というイデオロギーに問題がある」と結論づけるのは大きな間違いだと思います。テクノロジーが21世紀の水準に進歩しても、民主主義が19世紀の水準のままで停滞していては、変化の波に押し流されてしまいます。だからこそ、民主主義を後退させることなく、進歩させねばなりません。ここ数十年で、企業や権威主義国家が利用するコンピューターやAIアルゴリズムなどの最適化エンジン、高頻度取引やグローバリゼーションなどの資本主義市場の速度やスケール、能力が加速度的に進歩しています。
一方で、民主的な意思決定の技術は、例外はあれども大きく後れを取っています。民主主義への依存度が高い社会に比べて、権威主義や資本主義への依存度が高い社会が、ここ数十年で進歩していることは驚くに値しません。同じ期間をみると、「民主主義」社会においても、民主的な熟議に代わり、企業への中央集権化や競争の激しい市場メカニズムへの依存度が高まっています。
ただ、民主主義のテクノロジーが加速度的に進歩し、資本主義市場や権威主義体制の進歩にほぼ追随している国がいくつかあります。その筆頭格が台湾で、エストニア、ニュージーランド、フィンランドなどが僅差で続きます。これらの国は総じて、経済においても、公衆衛生においても、優れた成果を挙げているのです。
Q3.もし民主主義が失敗しているのだとしたら、それをどのように再設計すればよいのでしょうか。あなたの提案するQVは、民主主義の失敗を回避するためにどのような役割を果たしそうですか?(成田悠輔)
民主主義の核となる要素は、熟議、妥協、および多元主義です。これまでは大人数の集団で熟議的な会話をすることはほぼ不可能でした。なので、代議制議会を採用してきましたが、それだとプロの政治家に権力が集中する傾向があり、民主的な参画を損なう可能性があります。大人数の集団間での「妥協」を実現する方法を定式化できていないが故に、政治家による密室取引に頼ってる状態です。
特にQVは「妥協」の問題を解決してくれます。これにより人々は、自分にとっていちばん大切な理念とは何なのか、自分にとっていちばん大切なものをより多く手に入れるには何を諦められるのかを、透明性をもって表明できます。これは、民主主義の限界を乗り越えるための重要な一歩となるわけです。
Q4.QVが機能する条件として「自分の知識に見合って市民としての義務を果たす」という点を挙げていると思います。しかし、一般的に、人は自分の知識を過大評価する傾向があると考えられていますよね。また、もし能力に応じて投票できる事項が決まると、能力に基づく制限選挙のような制度、つまりエリートによる政治支配を促進しないのでしょうか?(稲谷龍彦)
産業革命の推進力は「分業」と「専門化」でした。民主主義革命の推進力は、市民的活動・知的活動における分業だと思います。各々が、社会のある特定の側面における専門家です。ある事柄については信頼できる人から助言を受け、自分に知識や関心のある事柄については他人に助言を与えるのです。
QVは平等主義的な方法でこれを実現できるツールです。「知者の支配」を提唱する人は、国民を代表して統治するエリートを選ぼうとしますが、QVではどの分野でリーダーになりたいのか、どの分野でリーダーに従いたいのかを人々が選択できます。すべての人が全体に対して平等に発言力をもち、同時に一人ひとりが自分にとって関連性の高い分野で専門知識を活用できるようになるんです。
Q5.QVが実装された社会では、代表民主制がどのような役割を果たすかが重要になると考えています。QVによる洗練された直接民主制が浸透した場合、代表民主制が残る余地はありますか? それはどのような姿をしているのでしょう?(稲谷龍彦)
まずお伝えしたいのは、QVは代表制民主主義においても大きな価値があるということです。コロラド州議会では、議員が予算を配分する際にQVが用いられています。また、代表者を選出する際にも用いることができます。なので、QVと代表制民主主義の間に緊張関係はありません。
とはいえ、任期付きの代表者の役割は薄れ、より流動的なシステムに移行するだろうと、わたしは考えています。時間の経過とともに代表者がそれぞれ異なる集団を代表し、異なる程度の権力をもち、国民の要求に応じて任期が変動するようになるでしょう。それは既存の民主主義システムのような極めて硬直したかたちではなく、さらに柔軟でダイナミック、かつ思慮深い方法で行なわれるかもしれません。
Q6.ピーター・ティールなどの一部のリバタリアンは「民主主義と自由は両立しない」と言い、海上などに独立国家をつくろうとしています。それらの意見に対して、「みんなで決める」ことや民主主義の価値とは何だと考えますか?(『WIRED』日本版編集部)
ピーター・ティールをはじめとする新反動主義者の考えは、完全に間違っていると思います。自由と民主主義は、密接に結びついているんです。わたしたちの生活の大部分を決定するのは、より大きなコミュニティのルール、規範、アルゴリズム、そして慣習です。個人が単独で大きな自由を得ることは不可能なのです。
わたしたちは自由を個人主義的なレヴェルで考えることが多いですが、こうした自由の考え方にはある罠が潜んでおり、ティールはその考え方が行き着く先を論理的に導き出しています。彼が提唱する「コモンズから奪う自由」とは、暴君が他人を抑圧し、権力を掌握する自由です。それは市民が自ら所属したいコミュニティを選び、その統治に平等に参加できる自由ではないのです。
Q7.「合理的な個人による意思決定」という社会の根本となる人間像に疑問が呈されています。意思決定に基づく契約原理を前提とした私有財産制も見直しを迫られると思いますが、契約の未来についてはどのようなヴィジョンをもっていますか?(水野祐)
合理性とは、個人の意思決定能力ではなく、社会的な協調の能力です。そのように物事を考えると、契約に対する見方が大きく変わってきます。契約とは、ほとんどの場合、契約した個人同士の関係ではなく、ある集団が他人を従わせるためにデザインした行動パターンです。わたしたちが署名する契約書の大部分が、テンプレートからコピーしたものであるのはこのためです。重要なのは、個人レヴェルでの契約の自由ではなく、誰もが使うことになる標準的な契約条件を設定するにあたって、資源を適切に配分し、権力のバランスを調整する社会の能力です。 契約の未来は、共通の利益のために、集団自治が効果的にできるコミュニティを形成する「民主的な自由」に基づいています。
Q8.今回、わたしたちは「New Commons」を特集のテーマに掲げています。グレンさんは「コモンズ」という概念について、どのような可能性を感じていますか?(『WIRED』編集部)
「コモンズ」は、現在最も有力なアイデアのひとつだと思います。しかし、過度に単純化して捉えられていることが多いように思います。一部の識者は、単一のオープンなグローバル・コモンズという概念に注目します。これは、気候変動からオープンプロトコルに至るまで、さまざまな課題にとって決定的な役割を果たしています。しかし、コモンズの範囲が広ければ広いほど、それは薄いものになります。単一のオープンなグローバル・コモンズがわたしたちの生活を事細かく規定することは、悪夢としか言いようがありません。
最も強力なコモンズのヴィジョンは、ノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロムが「ポリセントリック」と名づけたものです。これは、最も範囲の広いコモンズは、同時に最も限定的なものであり、他の多くのコモンズの出現を可能にする基本的なルールの策定を促進するという考え方です。実際には、互いに重なり合う多くのコミュニティの層が存在し、それぞれが民主的に統治され、コミュニティのネットワークを形成し、それがわたしたちの生活の基盤となり、アイデンティティは参加しているコミュニティがちょうど互いに重なり合った部分によって定義されるでしょう。
Q9.あなたは著書のなかで「データ労働*3」に関する市場をつくり出すことを提案していますよね。EUによるGDPRをはじめとしたデータガヴァナンスにまつわる政策に対する、グレンさんの評価を聞かせていただけますか?(水野祐)
これまでのほぼすべてのデータポリシーの根本的な欠陥は、データに対する権利を「個人主義的」に考えていることだと思います。しかし、意味があるデータの多くは、個人だけのものではありません。GDPRは一連の問題を提起したという点では価値がありましたが、こうした効果の薄い個人主義的な枠組みを補強するものでした。
EUが最近発表したデータガヴァナンス法はより興味深い方向に進んでいます。しかし、当初の草案はリークされ、フェイスブックやグーグルなどから圧力がかかりました。そのため、法案は修正され、集団としての活動の範囲が制限されることになりました。これが改められ、台湾、エストニア、カナダ、日本などの政府が率先して、より賢明な法律を制定することを望んでいます。
Q10.データコモンズが、社会関係資本の拡充や、ビジネスの競争的環境の確保といった観点から重要になっているように思えます。データコモンズの重要性とそれを確保するための国際的なフレームワークについて意見をお聞かせください(水野祐)。
わたしたちは主権、プライヴァシー、経済的参画といった重要な理念を守りつつ、共通の利益のためにデータを安全に共有できる世界を目指す必要があります。現実世界におけるほぼすべての共有資源は、地球全体から見ると小さなコミュニティにより管理されています。オンラインの資源についても、同様のことが起こると考えるべきです。なので、グローバルに管理されるデータを、すべての人々が合意できるような、可能な限り「薄い」プロトコルに限定すべきです。
代わりにクリエイティヴ・コモンズやGPL(ジェネラル・パブリック・ライセンス)などを利用してデータを公開した場合、どうなるでしょうか。企業がそういったデータに処理を施し、機械学習モデルにデータを学習させるなどの方法でライセンスを無効にして、これらのコモンズを取り込むようになるでしょう。結果として、誰しもが情報を非公開にするという悪循環に陥ってしまいます。わたしたちはすでに、このような状況をオンラインで何度も経験しています。
いま必要とされているのは、連合学習*4や差分プライヴァシー*5などのグローバルな共通プロトコルと、データ・コーリション(連合)をはじめとする法的指示です。こうした対応策は、多数の民主的なコモンズが主権を維持しながら、データ共有の恩恵にあずかれるための、信頼性の高い基盤をもたらすんです。
1.クアドラティック・ファンディング
公共財の資金調達モデル「マッチング・ファンディング」において、寄付者の数に応じてプロジェクトの優先順位を決め、公共のための資金が一部の裕福な支援者だけではなく、一般の人々にも役立つものとするアイデア。
2.EUデータガヴァナンス法
2020年11月に欧州委員会が提案した法案。公的機関が保有するデータの再利用の推進や、「データ共有サーヴィス事業者」の届出義務の創設、データ利他主義(Data Altruism)組織の登録制度の創設などを重視している。
3.データ労働
グーグルなどにユーザーが提供するデータが機械学習の基盤となるが、そのシステムがわたしたちから仕事を奪うと考えられている。提供するデータを「労働」として扱い、対価が支払われる仕組みを構築するアイデア。
4.連合学習
データをクラウドなどに集約せず、各デヴァイスに分散した状態で機械学習を行なう手法。共通データに基づく学習モデルがクラウドで構築され、各デヴァイスに配布。プライヴァシー保護などの観点から注目される。
5.差分プライヴァシー
個々人のプライヴァシーを保護するために、個人データが識別されないようにランダムなデータをデータセットに追加し、大規模なデータセットから学習可能にするアプローチ。マイクロソフトが先駆者として開発。
グレン・ワイル|GLEN WEYL
経済学者。マイクロソフト首席研究員で、イェール大学における経済学と法学の客員上級研究員。『WIRED』US版の「次の25年をかたちづくる25人」に選出される。ヴィタリック・ブテリンやオードリー・タンらと次世代の政治経済を志向するグローバルな社会運動「RadicalxChange」を運営している。
からの記事と詳細 ( 天才経済学者に訊く、コモンズと合意形成にまつわる10の質問 - WIRED.jp )
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