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Monday, August 24, 2020

<イスラエル-UAE国交正常化合意>を読む(1) いきなり浮上してきた和平合意の背景を探る(川上泰徳) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース

 トランプ大統領が仲介したイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化合意については「歴史的な和平合意」と評価する声と、「中東和平に逆行」という批判的な評価がある。この合意には、どのような意味や意義があり、中東和平や中東の安全保障にどのように影響するのか、世界の論評や分析をチェックしながら考えてみよう。まず、第1回は、いきなり浮上した合意の背景を探る。

◇関係正常化をめぐり食い違うトーン

 トランプ大統領は8月13日に米国、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の共同声明として、「イスラエルとUAEの全面的な国交正常化で合意した」と発表した。トランプ大統領がツイッターで「本日、イスラエルとUAEが歴史的な和平合意」とツイートしたことに、ネタニヤフ首相はツイッターで「歴史的な日」と応じた。一方のUAEの実質的な統治者であるムハンマド・ビンザイド皇太子は「イスラエルはヨルダン川西岸の併合を停止することを合意した。UAEとイスラエルは二国間関係を確立するためのロードマップ(行程表)をつくることで合意した」と抑えたトーンでツイートした。

 「歴史的な和平合意」を強調するトランプ大統領とネタニヤフ首相に対して、UAEのムハンマド皇太子は「イスラエルによる西岸併合の停止」を強調する。世界の論調や分析から見えてくるのは、UAEという国のしたたかさである。それは政治的な指導者が目立たない現在のアラブ世界で、米国やイスラエルを相手に外交を仕掛けるムハンマド皇太子のしたたかさでもある。

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◇「土地と平和の交換」の原則と中東和平

 イスラエルによる西岸の併合は、ネタニヤフ首相が2019年9月の国政選挙直前に、選挙で政権を維持できれば、ヨルダン川西岸の約3分の1についてイスラエルの主権を宣言し、併合すると公約したことで問題化した。この時、主権宣言の対象となったのは、西岸の東側のヨルダン川に接するヨルダン渓谷地域だった。さらに西岸の西側を中心に点在する130か所のユダヤ人入植地のイスラエルへの併合も実施することも約束したが、その時期や範囲は、トランプ大統領による中東和平案の公表を待つとしていた。

 ヨルダン川西岸はガザや東エルサレムとともに、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で軍事占領した地域であり、その時の国連安保障理事会は決議242号を採択して、イスラエル軍の占領地からの撤退を求め、同時に、すべての国家の主権や領土の認めるよう求めた、これは、イスラエルが占領地から撤退すれば、アラブ諸国はイスラエルの生存権を認めることを求める「土地と平和の交換」の原則として、その後の中東和平プロセスの枠組みとなった。

◇イスラエル軍が支配するC地区

ヨルダン川西岸の地図。茶色がイスラエルが支配するC地区
ヨルダン川西岸の地図。茶色がイスラエルが支配するC地区

 1993年にイスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)の間で、パレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)が調印され、ガザと西岸でパレスチナ自治が始まり、将来、イスラエル軍が撤退して、パレスチナ国家が樹立されるとしたのも「土地と平和の交換」に基づいたものである。

 しかし、オスロ合意ではイスラエル軍の西岸からの全面撤退は行われず、パレスチナ国家の樹立も実現しなかった。現在、西岸はパレスチナ自治政府が治安と行政を管轄するA地区が18%、自治政府が行政は管轄するが、治安はイスラエル軍と自治政府が協力するB地区が21%、イスラエル軍が支配するC地区が61%ある。ユダヤ人入植地の多くはC地区にあり、ネタニヤフ首相が併合しようとしているのも、このC地区の約半分の土地となる。

◇ イスラエルはトランプ和平案受け入れ

 トランプ大統領が「世紀の取引」と呼んだ中東和平案は2020年1月28日に発表された。「西岸にあるユダヤ人入植地のイスラエル人の97%はイスラエル領に編入される」「ヨルダン渓谷地域はイスラエルの安全保障の重要性からイスラエルの主権下に置かれる」とし、ネタニヤフ首相が公約していたヨルダン渓谷への主権宣言やユダヤ人入植地の併合を認める内容だった。ネタニヤフ首相は和平案を受け入れ、米国から西岸併合の承認を得られたとし、すぐにでも併合の手続きに入る構えを見せた。

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 パレスチナ自治政府のアッバス議長はトランプ和平案の発表を受けて、「今日のばかばかしい発表を聞き、我々は『世紀の取引』に1000回のノーを突き付ける」と即座に拒否した。国連のグテレス事務総長も「国連は1967年の第3次中東戦争以前の境界線に基づく国境によって平和と安全のもとに2国家共存の理念を実現することを信じている」と述べ、トランプ和平構想を認めない姿勢を示した。

◇西岸併合に国際社会が反発

 イスラエルでは昨年9月に続いて、今年3月にも国政選挙があった。4月に新型コロナの蔓延という危機に対応するためにネタニヤフ氏が率いる右派・宗教勢力と野党勢力の中道勢力との連立合意ができ、5月にネタニヤフ氏を首班として新内閣が発足した。ネタニヤフ首相は連立協定の内容として7月1日以降、西岸の30%を併合する手続きを始めると発表した。

 西岸の併合について、パレスチナ自治政府やアラブ連盟が強く反発したのは当然であったが、グテレス国連事務総長はパレスチナ情勢に関する安全保障理事会のオンライン会合で「最も深刻な国際法違反となり、2国家共存への期待を著しく害し、和平交渉再開の可能性を損ねる」と警告した。EUの多くの国も反対を表明し、欧州各国の1000人の議員が併合中止を求める共同書簡を出すなど、強い反発が広がった。さらに米国の民主党大統領候補のバイデン氏が米国のユダヤ人コミュニティーとの会合で、「私は併合を支持しない。私は(大統領になれば)トランプ和平を取り消すだろう」と語った。

◇トランプ政権にもトーンの変化

 このような動きについて、米国の親イスラエル色が強い「ワシントン近東政策研究所(WINEP)」に掲載された分析に、「トランプ政権は中東和平構想に対する予想外の反発の強さを受けて、ネタニヤフ首相が和平構想を、自分の西岸併合計画にしてしまっていることを不快に思い、(西岸併合に対する)トーンを変えた」という見方を示した。5月中旬にイスラエルを訪問したポンペオ国務長官はネタニヤフ首相に併合については中道の連立与党の合意をとるように求めるなど、一方的な併合をしないで、嵐が収まるのを待つことを望むような働きかけになったという。

 さらに西岸併合の手続きが始まるとされた7月1日を前に、トランプ米大統領の娘婿で、中東和平を担当するジャレッド・クシュナー大統領上級顧問は、イスラエルに特使を送り、「一方的な併合ではなく、パレスチナ側に6%ほどの土地を与える」という案を働きかけたが、ネタニヤフ首相は拒否したという。

 イスラエル国内では、右派勢力も一部併合案に反対し、強硬な入植者たちの中には、ネタニヤフ首相が将来のパレスチナ国家のために西岸の70%を与えることを警戒する声もあがったという。ネタニヤフ首相としては、30%の併合でさえ右派強硬派に反対されているのに、さらに、パレスチナ側に併合と見返りに土地を与えることなど、受け入れられるはずがない、という思いだっただろう。結局、ネタニヤフ首相は7月1日の併合手続きを始めることはきなかった。

◇40日でまとまった「歴史的和平」

 クシュナー上級顧問がイスラエルに派遣した特使は7月2日に米国に戻り、新たな対応策の検討が始まった。驚くべきは、それからわずか40日後にイスラエル・UAE関係正常化合意がという「歴史的な和平」が発表されたことである。つまり、合意には交渉など事務的な作業がほとんど必要なく、トランプ大統領と、イスラエルのネタニヤフ首相とUAEのムハンマド皇太子という3人の指導者だけで話が決まったことを意味する。イスラエルの報道によると、連立与党「青と白」出身のガンツ国防相やアフケナジ外相ら主要閣僚も合意について事前に知らされていなかったと報じられている。

 合意の伏線となるのは、6月12日にUAEのユーセフ・オタイバ駐米大使がイスラエルの主要ヘブライ語紙イェディオト・アハロノトに寄稿をし、「併合はアラブ世界やUAEとの間で、治安や経済や文化の関係の発展しようとするイスラエルの願いとは逆のものある」と訴えたことである。寄稿は新聞の1面に掲載された。寄稿は「私たちは共通の脅威に直面し、より親密な関係に大きな可能性を見ている。私たちはイスラエルを敵ではなく、自分たちにとってチャンスだと信じたい。イスラエルが併合を行うかどうかの決断によって、イスラエルが同じ様に考えているかどうかをはっきりと示すことになる」と結ばれていた。

イスラエル紙に掲載されたUAEのオタイバ駐米大使の寄稿
イスラエル紙に掲載されたUAEのオタイバ駐米大使の寄稿

◇UAEの米大使がイスラエル紙に寄稿

 イスラエルに対して西岸併合をやめて、アラブ世界との和平を選ぶように求める内容で、まるでイスラエルとUAEの国交正常化合意の筋道を読んで、あらかじめ布石を打っていたかのようである。イスラエルとUAEは、これまで非公式に治安、軍事、IT技術などの協力を進めてきたことは報道でも知られており、両国の国交正常化自体に大きな驚きはない。今回の合意をめぐる動きを振り返って、唯一、驚かされるのは、絶妙のタイミングで行われたこの寄稿である。正式の国交がないアラブ世界の駐米大使が、イスラエルの主要紙に和平を呼び掛ける寄稿をすること自体が異例であり、そのUAEの積極さが、今回の合意を可能にした要因であることがわかる。

 オタイバ大使は1月28日にトランプ大統領が中東和平案を発表したときに、バーレーンやオマーンの駐米大使らとともに出席した。オタイバ大使はクシュナー氏と日常的に中東政策について意見交換してきた親密な関係であることが知られているが、オタイバ大使のすべての動きは、ムハンマド皇太子の意を受けたものであることはいうまでもない。ネタニヤフ首相による西岸併合問題でトランプ政権が行き詰ったときに、クシュナー氏はオタイバ大使やムハンマド皇太子と連絡を取って打開策を探り、その中から、イスラエルの西岸併合の停止と引き換えに、イスラエルとUAEが国交正常化で合意するという「歴史的な和平」を実現するという構想が出てきたということである。

◇史上4番目の「歴史的な和平合意」

 ワシントン近東政策研究所に掲載された分析によると、イスラエルは米国からの提案を受けて「平和条約でなければならない」と踏み込んで求めたという。ネタニヤフ首相は、西岸の一方的な併合と掲げたものの、国際的な非難が巻き起こり、国内で分裂を抱えて、身動きがとれなくなった状態から抜け出し、代わりにアラブ諸国との和平実現という国内外の称賛を得ることができると計算したのだろう。

 トランプ大統領にとっても、1979年のイスラエル・エジプト和平、93年のイスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)のパレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)、94年のイスラエル・ヨルダン和平合意以来、4番目の中東和平の歴史的合意の仲介者という外交的な成果を手にして、11月の大統領選に向けてのプラス材料にできる。

◇パレスチナに譲歩しないで国交正常化

 UAEがイスラエルとの国交正常化によってどのような利益を得るかは、次回、UAEの注意での立場や戦略と合わせて詳述するが、イスラエルとの国交正常化合意に対して、パレスチナ国家を事実上困難とするイスラエルによる西岸の一方的併合を阻止するという外交的な利点を打ち出した。

 世界の論調や分析を見れば、この合意で最も得をしたのはイスラエルであり、ネタニヤフ首相だという見方が広がっている。イスラエルの各政権が働きかけてきたエジプト、ヨルダンに続くアラブ諸国との国交正常化について、パレスチナ問題で何ら譲歩をしないで、UAEとの国交正常化を実現できたためである。棚ボタ式に外交的な得点を得ただけでなく、西岸の併合をめぐるトランプ政権との齟齬や国内の軋轢という政治的な苦境も一気に解消したわけである。

◇バイデン候補の「併合反対」の重さ

 今回の合意について、ネタニヤフ首相が合意した西岸併合の停止は、一時的なもので、いつでも、併合の動きを再開することができる、という見方がある。トランプ大統領が国交正常化合意を発表し、「イスラエルはUAEとの関係正常化する合意の一部として、西岸での併合を停止することに合意した」とした。それに対して、ネタニヤフ首相は「停止は一時的なもの」「併合問題はなお議題としてテーブルの上にある」と語ったのに対して、トランプ大統領はすぐに「(併合問題は)いまは机の上にない」と語って、ネタニヤフ首相の言葉を否定した。ネタニヤフ首相の発言は、イスラエル国内で支持基盤であるユダヤ人入植者ら右派の反発を和らげようとしているという見方が一般的である。

 ネタニヤフ首相が今後、選挙で右派票を集めるために、改めて西岸併合を持ち出す可能性は当然ある。しかし、今回国内外の反発で身動きがとれなくなった経験から、より慎重にならざるを得ないだろう。さらにネタニヤフ首相が西岸併合の停止を受け入れた背景として、イスラエル国内や米国の論調、分析で指摘されているのは、11月の米大統領選に向けて世論調査でトランプ氏を上回っている民主党候補のバイデン氏が併合に反対したことの重さである。

◇「和平の敵」から「立役者」へ

 バイデン氏が次期大統領になる可能性を考えれば、西岸併合問題で、次期米民主党政権と対立するのは、イスラエル政権にとって利益はない。一方、西岸併合を停止して、UAEとの関係正常化を実現すれば、民主党政権とも良好な関係を構築できる。そのように考えれば、ネタニヤフ首相が西岸の一方的な併合を持ち出すにはかなりハードルが高いと考えざるを得ない。

 今回の国交正常化合意の背景をみれば、UAEが強調するイスラエルの西岸併合を阻止したという外交上の得点については、UAEがかかわらなくても、ネタニヤフ首相にとって西岸併合は実施が困難となっていたことがわかる。トランプ大統領の中東和平案は国際社会から無視され、ネタニヤフ首相に西岸併合の根拠に使われて、国際社会の非難を受ける。UAEのムハンマド皇太子は、国際社会から「和平の敵」とみなされたトランプ大統領とネタニヤフ首相に助け舟を出しただけでなく、「和平の立役者」として国際舞台に引き上げたことになる。

◇ パレスチナ自治政府が合意の「敗者」

 今回のイスラエル・UAE国交正常化合意に対して、パレスチナ自治政府はUAEを「パレスチナを支援するふりをしてイスラエルとの関係正常化を行った」と非難した。この合意が今後のパレスチナ問題にどのような影響を与えるかは、改めて取り上げるが、今回の合意の敗者が、パレスチナ自治政府であるというのは、世界の論調や分析で共通する。

 自治政府の敗北は、アッバス議長が得意とする外交舞台での敗北である。アッバス議長は1月のトランプ大統領の中東和平案を完全に拒否し、続けて、ネタニヤフ首相の西岸併合の危険性を外交舞台で訴え続けて生きた。やっとEUや国連安保理が動き始めたところで、UAEはイスラエルの西岸併合を食い止めるという口実で、ネタニヤフ首相やトランプ政権の苦境を救い、さらに自治政府が積み上げてきた外交的成果を、一挙に自分の得点にしてしまった。

 自治政府の怒りは理解できるが、UAEにしてやられたという印象である。この合意を実現させたUAEと、ムハンマド皇太子のしたたかな存在感と戦略が浮上してくる。

 次回はUAEとムハンマド皇太子に焦点を当てる。

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August 24, 2020 at 04:21PM
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