神奈川県横須賀市で進む石炭火力発電所2基(計130万キロワット)の建設計画を巡り、神奈川、千葉両県の住民48人が国に対し、経済産業相が認めた電力事業者の環境影響評価(アセスメント)は不十分で違法だとして、アセスの確定通知の取り消しを求めた訴訟の判決で、東京地裁(品田幸男裁判長)は27日、訴えを退けた。住民側は建設・稼働の中止に向けて控訴する方針。
事業者は、東京電力と中部電力が共同出資する会社「JERA(ジェラ)」。元々あった発電所より環境負荷を低減できる建て替えだとして、国の指針に従いアセスを簡略化した。経産相は2018年11月、アセスを認める通知を出し、建設計画が進んだ。
原告の住民側は、発電所が大量の二酸化炭素(CO2)を排出して地球温暖化を進めるとともに、大気汚染による被害を受けるとしてアセスの不備を訴えていた。
判決は、温暖化の進行による不漁や土砂災害などの被害について、アセスが保護する範囲から外れると指摘。大気汚染の被害を直接受ける恐れがある発電所20キロ圏内の住民だけに原告の資格があると認めた。
その上で、アセスの簡略化は「国のガイドラインの条件を満たしている」として違法性はないと結論付けた。
原告側は、発電所が1年間で出すCO2は、神奈川県全体の排出量の約1割を占め、温暖化を進行させるとも主張。だが、判決は「発電所が排出するCO2が直接環境影響を生じさせるものではない」と退けた。
原告団長の鈴木陸郎さん(80)=横須賀市=は判決後の記者会見で「試運転が始まり、煙突から毎日煙が出ている。このまま稼働させていいのか。止めるまで頑張りたい」と話した。
経産省電力安全課の担当者は「主張を理解いただけたと考えている」とコメントした。(米田怜央)
横須賀火力発電所 東京電力が1960年に石炭火力発電所として運転を開始。70年までに石炭や石油を燃料とする8基を稼働させた。老朽化で2010年までに全基が停止し、東日本大震災による電力不足を受けて一部が再稼働したが、14年に再び停止した。16年に石炭を燃料とする新1、2号機(それぞれ出力65万キロワット)の新設が発表され、事業を引き継いだJERAはそれぞれ23年6月と24年2月の運転開始を見込んでいる。
◆海外では「基本的人権の侵害」と判断された例も
地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)を大量に排出する石炭火力発電所の建設や稼働中止を求める裁判は今回の横須賀訴訟のほか、神戸と仙台でも起こされたが、温暖化による被害を受けると訴えた住民たちには「原告の資格がない」という判断が続く。海外では「基本的人権の侵害」と判断された例があるが、日本の司法に政府や企業の姿勢を改めさせるには高い壁が立ちはだかる。(小川慎一、米田怜央)
「温暖化への危機意識が全くない」。横須賀訴訟の原告代理人を務める浅岡美恵弁護士は27日、東京地裁の判決後に都内で開いた記者会見で憤った。
温暖化による自然災害の激化など科学的知見の蓄積が進む中、判決は温暖化の被害を訴えた住民について「原告の資格なし」と判断した。裁判は誰でも起こせるが、誰もが「原告の資格あり」とはならない。例えば、原発の運転禁止を求める訴訟では、事故で被害を受けないほど離れた住民は「資格なし」とされる。
横須賀訴訟と同様、神戸製鋼所が神戸市内で進める石炭火力の増設計画を巡る行政訴訟でも、温暖化の被害を訴えた原告の適格性が否定されている。神戸大の島村健教授(環境法)は「大気汚染と異なり、温暖化の被害は原告らに特に集中するわけではないことを考慮した」と解説する。
◆原告適格の解釈が極めて狭い日本の行政訴訟
政府や企業に温暖化対策の強化を求める「気候変動訴訟」は世界中で起きており、英大学のまとめでは2000件を超える。国立環境研究所の久保田泉主幹研究員は「原告適格は海外でも問題となっているが、日本の行政訴訟では極めて狭く解しており、とりわけ高いハードルだ」と話す。
海外では画期的な判断も出ている。2019年にオランダの最高裁は、環境NGOが訴えた裁判で気候変動の深刻な影響は「全ての国民にとっての人権侵害」と断じ、政府にCO2の排出削減強化を義務付けた。
21年にはドイツ連邦憲法裁判所が若者グループ「Fridays For Future」のメンバーらによる訴訟で、CO2削減目標を定めた気候保護法の一部を違憲と判断。30年まで大量排出を許すことは将来世代に過大な負担を課し「自由を侵害する」と立法府に是正を求めた。
◆神戸訴訟では変化の兆しも
日本の司法にも変化の兆しはある。神戸訴訟の大阪高裁判決(22年4月)は「今後の内外の社会情勢の変化により、CO2排出にかかる被害を受けない利益の内実が定まってゆき、個人的利益として承認される可能性を否定されるものではない」と、原告の範囲が広がり得る可能性を示した。
島村教授は「最高裁に上告中の神戸訴訟で原告の範囲を広げる判断が出れば、日本の気候変動訴訟は一歩前進する」と指摘する。
ただ、温暖化は待ってはくれない。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は30年までに世界の温室効果ガスを19年比で43%減らさないと、産業革命前と比べた世界の平均気温の上昇を「1.5度」に抑える国際的な目標を達成できない、と警鐘を鳴らす。
先進7カ国(G7)のうち5カ国が30年までの石炭火力全廃を、米国も35年には発電部門の脱炭素化実現を掲げる。日本は全廃を明言していない。
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