令和5年6月7日、不正競争防止法等の一部を改正する法律が可決、成立しました。不正競争防止法のほかに特許法、実用新案法、意匠法、商標法、工業所有権に関する手続等の特例に関する法律も合わせた、知財一括の「束ね法」として改正されたものです。
本稿では、そのうち、不正競争防止法の改正の内容をご紹介します。主な改正項目は、①デジタル空間における商品形態の模倣行為規制、②営業秘密の保護強化、③限定提供データの保護範囲の拡大、④外国公務員贈賄の罰則等の強化の4つです。
なお、不正競争防止法は経済産業省経済産業政策局の知的財産政策室が所管する法律です。経済産業省が公表している関係資料は以下をご覧ください。
本稿では、改正法による改正後の条文を「新〇条」と記載します。
主な改正項目と施行期日
今回の法改正は、①デジタル空間における商品形態の模倣行為規制、②営業秘密の保護強化、③限定提供データの保護範囲の拡大、④外国公務員贈賄の罰則等の強化の4つがメインの改正であり、公布日(2023年6月14日)から1年を超えない範囲内で政令で定める日から施行されます。
本改正は、以下の産業構造審議会知的財産分科会の報告書を受けたものです。
なお、周知表示・著名表示(不正競争防止法2条1項1号、同2号)に関して、適用除外規定が新設されていますが、商標法に「コンセント制度」が導入されたことに伴う改正ですので、本稿では割愛します。コンセント制度の詳細は、令和5年商標法の改正に関する記事をご参照ください。
改正項目一覧と改正による影響度
改正項目 | 改正法 | 現行法 | 影響度 | |
---|---|---|---|---|
周知表示・ 著名表示 |
コンセント制度導入に伴う適用除外規定の新設 | 新19条1項3号 | - | △ |
商品形態 | デジタル空間における模倣行為の防止 | 新2条1項3号 | 2条1項3号 | ◎ |
営業秘密 | 損害賠償額算定規定の拡充 | 新5条1項 | 5条1項 | 〇 |
新5条1項1号、同2号 | - | |||
新5条4項 | - | |||
使用等の推定規定の拡充 | 新5条の2第2項から同4項 | - | ◎ | |
国際裁判管轄規定の創設 | 新19条の2 | - | 〇 | |
準拠法規定の創設 | 新19条の3 | - | 〇 | |
限定提供データ | 限定提供データの保護範囲の拡大 | 新2条7項 | 2条7項 | △ |
外国公務員贈賄 | 罰則の強化 | 新21条4項4号 | 21条2項7号 | 〇 |
新22条1項1号 | 22条1項3号 | |||
処罰対象の拡充 | 新21条11項 | - | ◎ |
デジタル空間における模倣行為の防止
現行法
不正競争防止法2条1項3号は、他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為を不正競争と位置付け、差止請求や損害賠償請求の対象とするほか、刑事罰も定めています。
日本国内での最初の販売から3年間という期間の限定はありますが、意匠権や著作権による保護とは別に、不正競争防止法においても商品の形態が保護されています。
そして、「商品の形態」は有体物の形態でなければならず、無体物は含まれないというのが不正競争防止法を所管する経済産業省知的財産政策室の見解です(経済産業省知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法(令和元年7月1日施行版)」40頁)。なお、ソフトウェアの画面について、「商品の形態」に該当する旨を判示した裁判例(東京地裁平成30年8月17日判決)がありますので、商品の形態に無体物が含まれるか否かについて、現行法では議論のある状況でした。
現行法に関する知的財産政策室の見解を前提にすると、「商品の形態」は有体物の形態に限られ、無体物であるデジタルの商品に不正競争防止法2条1項3号は適用されず、デジタル空間では商品の形態は保護されないことになります。
改正法
改正法では、デジタル空間(メタバースなど)においても、他人の商品の形態を模倣することもありうることから、デジタル空間における商品の形態を保護対象とし、デジタルの商品の形態模倣行為が規制対象とされました(新2条1項3号)。たとえば、販売されている衣服をデジタル空間で再現して販売すると、不正競争防止法違反となる可能性があります。
なお、改正の条文上は、「電気通信回線を通じて提供する行為」を規制行為として追加したのみです。「商品」に無体物を含むことについては、「商品」の定義を不正競争防止法に定めるのではなく、今後本改正を踏まえて改訂される『逐条解説 不正競争防止法』(経済産業省知的財産政策室編)等において、「商品」に無体物が含まれるという解釈を明確化する旨が、審議会において提案されています(「デジタル化に伴うビジネスの多様化を踏まえた不正競争防止法の在り方」8頁)。
損害賠償額算定規定の拡充
現行法
不正競争防止法違反に基づき損害賠償請求をする場合、違反行為によって生じた損害額の立証責任は、その請求を行う被害者の側にあります。一般に、不正競争による営業上の利益の侵害による損害の額を立証することは困難であることから、被害者の立証負担を軽減するため、不正競争防止法には、他の知的財産法と同様に損害額を推定する規定が設けられています(不正競争防止法5条)。
現行法では、概要、譲渡された侵害品の数量に被侵害者(被害者)の単位数量当たりの利益額を乗じた額を損害とすることができる旨が定められていますが(不正競争防止法5条1項)、適用できる場面は限定されています。
改正法
改正法では、以下のとおり不正競争防止法5条の適用対象が拡充されています。なお、特許法にも同様の損害の推定規定があり(特許法102条)、本改正において、特許法の令和元年改正と同様の手当てもなされています。
現行法 | 改正法 |
---|---|
営業秘密については、「技術上の秘密」に対してのみ5条1項を適用でき、「営業上の秘密」は5条1項の対象とはならない | 「営業上の秘密」を含む営業秘密全般に新5条1項を適用できる |
5条1項の対象が「物の譲渡」に限定されており、役務(サ―ビス)を提供する場合には5条1項を適用できない | 新5条1項の対象に役務(サ―ビス)を追加 |
現行法では、被侵害者の生産・販売能力超過分の損害分について、5条3項の実施料相当額の請求ができるのか疑義があった | 超過分は侵害者に使用許諾(ライセンス)したとみなし、使用料相当額として損害賠償請求できることを明記した(新5条1項2号) |
現行の5条3項では、最低限の損害額として、使用料(ライセンス料)相当額を損害額として請求できることを規定している | ライセンス料相当額の算定において、侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる旨を明記した(新5条4項) |
使用等の推定規定の拡充
現行法
営業秘密の使用行為や営業秘密侵害品が当該使用行為によって生産されたものであることの立証責任は、当該営業秘密の被侵害者(被害者)の側にあります。しかしながら、そのような使用や生産行為は侵害者の内部領域(工場、研究所等)で行われることが多いため、被侵害者がその立証に関する証拠を収集することは極めて困難な場合も多いといわれています。
現行法では、以下の要件を満たす場合には、侵害者が営業秘密を使用し、生産していることを推定する規定がありますが(不正競争防止法5条の2)、産業スパイ等を念頭に、同規定の対象は2条1項4号、5号または8号に限定されています。
- 対象となる情報が被侵害者(原告)の営業秘密であり、生産方法等の技術上の情報であること
- 侵害者(被告)による2条1項4号、5号または8号に該当する営業秘密不正取得行為があったこと
- 侵害者(被告)が被侵害者(原告)の営業秘密を用いて生産することのできる物を生産等していること
改正法
改正法では、新5条の2の適用対象を、①元々営業秘密にアクセス権限のある元従業員(新5条の2第3項)や②不正な経緯を知らずに転得したがその経緯を事後的に知った者(新5条の2第2項、第4項)で、悪質性が高い場合(警告書が届いた後も、営業秘密が記録されている媒体等を削除しなかった場合など)にまで対象範囲を拡充しています。
不正な経緯を知らずに、他社の営業秘密を取得し、他社から警告書を受領するなどで事後的に経緯を知った場合、取得した営業秘密を削除せずに持ち続けると、改正法の推定規定(新5条の2第2項、第4項)が適用される可能性があります。
実務対応
改正法の施行後は、営業秘密侵害の警告書を受領した場合、回答書等で反論するだけでなく、社内調査等を実施する必要があります。仮に自社に営業秘密が流入していることが判明した場合には、当該営業秘密を削除し、削除した証拠を残すといった対応が必要となります。
国際裁判管轄・準拠法規定の創設
現行法
日本国内で事業を行う企業の営業秘密が海外で侵害された場合、刑事では海外での侵害行為も処罰可能となっていますが(国外犯処罰。不正競争防止法21条6項)、民事では、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるのか、準拠法として日本の不正競争防止法が選択されるのかが、事案によっては不明確となっていました。
なお、国際裁判管轄については、「不法行為があった地が日本国内にあるとき」(民事訴訟法3条の3第8号)に日本の裁判所に提起することができ、準拠法については「加害行為の結果が発生した地の法による」(法の適用に関する通則法17条)とされています。現行法を前提とした営業秘密侵害訴訟における国際裁判管轄と準拠法の考え方については、以下の調査研究報告書等に詳しくまとめられています。
改正法
改正法では、国外において日本企業の営業秘密の侵害が発生した場合であっても、以下の要件を満たす場合には、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められ(新19条の2)、日本の不正競争防止法が適用される(新19条の3)ことになります。
- 日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密であること
- 日本国内で管理されている営業秘密であること
- 専ら日本国外において事業の用に供されるものではないこと
なお、営業秘密侵害行為のうち、以下の侵害行為は、本改正による国際裁判管轄規定と準拠法規定の対象外であり、すべての営業秘密侵害にこれらの規定が適用されるわけではありませんので、注意する必要があります。
- 営業秘密不正取得行為の介在について善意・無重過失で営業秘密を取得した者が、その後悪意・重過失に転じ、その営業秘密を使用または開示する行為(2条1項6号)
- 営業秘密を取得した者が、取得後にその取得が営業秘密不正開示行為によるものであったことまたは営業秘密不正開示行為が介在したことについて悪意・重過失となり、その営業秘密を使用または開示する行為(2条1項9号)
- 不正に取得した技術上の秘密を利用して製造された物品(「営業秘密侵害品」)を製造した者がその物を譲渡等する行為、または、当該物品を譲り受けた者が、その譲り受けた時に、その物が営業秘密侵害品であることにつき悪意もしくは重過失であった場合に、その物を譲渡等する行為(2条1項10号)
実務対応
国際裁判管轄は民事訴訟法に、準拠法は法の適用に関する通則法に規定されていますが、本改正によって、不正競争防止法にも、民事訴訟法や法の適用に関する通則法の特別規定が創設されました。民事訴訟法や法の適用に関する通則法だけを見ていると、不正競争防止法の特別規定を見落とす可能性がありますので、注意する必要があります。
また、実務では、国際裁判管轄が認められ勝訴判決を得たとしても、判決を執行できないといった場合も想定されますので、執行も踏まえて裁判地(国)を選択する必要があります。
限定提供データの保護範囲の拡大(営業秘密との関係を整理)
現行法
限定提供データは、ビッグデータを保護するものとして、平成30年改正により不正競争防止法に導入され、令和元年7月1日から施行された制度です。
限定提供データと営業秘密は別の制度ではありますが、それぞれの要件を満たし、保護が重複する状況が想定されることから、現行法では、限定提供データの保護対象から「秘密として管理されているもの」(営業秘密の要件の1つ)を除外し、両制度による保護の重複を避けています。
このように限定提供データと営業秘密の保護の重複を避けようとした結果、下記のように、秘密として管理されているが公然と知られている(公知な)情報は、「秘密として管理されている」ため限定提供データとしての保護を受けることはできず、また、公知な情報であるため営業秘密としての保護も及ばない、といった保護の間隙が生じてしまっています。
現行法における保護の間隙
改正法
改正法では、限定提供データの保護範囲について、「秘密として管理されているものを除く」要件を「営業秘密を除く」と改めることによって、公知な情報を秘密として管理している場合には、限定提供データで保護することができるようになります。実務において、公知な情報を秘密として管理している場合がどの程度あるのかといった疑問はありますが、現行法において隙間となっている範囲が解消されることになります。
実務対応
営業秘密と限定提供データの保護レベルを比較すると、刑事罰が定められているのは営業秘密のみであり、営業秘密のほうが規制対象となる行為が広いといったように、限定提供データよりも営業秘密のほうが手厚く保護されています。
実務においては、まずは、営業秘密として守ることを目指し、非公知性要件との関係でどうしても難しい場合に、補完的に限定提供データでの保護を目指すといった対応が考えられます。
限定提供データは令和元年から施行された新しい制度であり、契約実務等での対応が完了していないケースも散見されます。契約実務での対応が未了であれば、本改正を契機として自社の契約実務を見直してみる必要があります。
外国公務員贈賄の罰則強化と処罰対象範囲の拡充
外国公務員贈賄の罰則の強化
不正競争防止法には、いわゆる知的財産に関する保護規定だけでなく、OECD外国公務員贈賄防止条約に基づく外国公務員贈賄に関する規定も定められています(不正競争防止法18条)。
改正法では、外国公務員贈賄に関する刑事罰について、以下のとおり法定刑が引き上げられています。本改正により、外国公務員贈賄罪は日本の経済犯罪の中で最も重い犯罪の1つとなったと評価できます。
海外単独贈賄行為の処罰対象の拡大
現行法では、海外における外国公務員に対する贈賄行為について、日本国民に対してのみ日本の不正競争防止法の外国公務員贈賄罪の対象としていますが(不正競争防止法21条8項、刑法3条)、本改正により、国籍を問わず外国公務員贈賄罪の対象となります。
外国人従業員が外国で外国公務員に対して贈賄行為を行った場合でも、日本の不正競争防止法の外国公務員贈賄罪の対象となります。また、外国公務員贈賄罪は法人両罰規定が定められていることから、贈賄を行った外国人従業員個人だけでなく、使用者である法人も両罰として10億円以下の罰金刑が科される可能性があります(新22条1項1号)。
実務対応
たとえば、通関等の手続において、現地法令上必要な手続を行っているにもかかわらず、金銭等を提供しない限り、現地政府から手続の遅延その他合理性のない不利益な取扱いを受けるケースがあります(経済産業省「外国公務員贈賄防止指針」27頁)。このような場合でも、金銭等を提供してしまうと外国公務員贈賄罪となる可能性があることから、注意する必要があります。
海外で事業を行う場合、日本国籍の従業員だけでなく、外国人従業員も含めて社内の贈賄防止対策を周知、徹底するといった対応が必要となります。
今後の注目ポイント
審議会等の議論において、法改正ではなく、逐条解説等で解釈を明示することによって対応するとされた項目もあります(たとえば、本稿2-2(商品形態の保護)で紹介した「商品」の解釈など)。本改正に対応した『逐条解説 不正競争防止法』が公開されるかと思いますので、どのような記載がなされるのかを注視していく必要があります。
からの記事と詳細 ( 令和5年不正競争防止法改正の概要と実務対応 - BUSINESS LAWYERS(ビジネスロイヤーズ) )
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