北海道森町は2013年に、全国の自治体に先駆けてパブリッククラウドを全面導入した。役場では情報セキュリティ対策の一環として、職員自ら主体的に取り組むことを通じ、ICTスキルの向上を図った。デジタルネイティブ世代が入職する未来はすぐそこ。DXの推進では、常に変化していく心構えが重要になる。
北海道森町は2013年に、全国の自治体に先駆けてパブリッククラウドを全面導入した。役場では厳格な情報セキュリティ対策の一方で、職員に「自分たちでやってもらう」ことを通じ、ICTスキルの向上を図っている。DXの推進では、常に変化していくという気持ちが重要になる。
パブリッククラウドを
自治体で初めて全面導入
北海道森町では2010年頃から様々な検証を行なった結果、2013年頃から全職員がパブリッククラウドを利用している。「ICTのコストや管理工数、セキュリティリスクは年々、増大してきましたが、小さな自治体がかけられる費用はわずかです。そのような中、私たちが出会ったのはパブリッククラウドでした」。2021年11月まで森町総務課情報管理係に勤務していた、一般社団法人コード・フォー・ジャパンの山形巧哉氏はこう語る。
「パブリッククラウドは全世界規模で作られており、そのセキュリティは小さな町が作るシステムとは比べ物にならないレベルです。導入に当たっては上司と議論し、近い未来、中心となって使う人たちのことを想像しながらシステムを構築していきました」。
2013年のシステム導入時には、40代以下を「スマホ世代」と定義した。そして5年も経てば「非スマホ世代」は少なくなり、スマホ世代が役所の中心になると考え、時代のスタンダードに合わせる方針とした。「自治体におけるパブリッククラウドの全面導入は前例がなく、不安もありましたが、せっかく上司が許可してくれたので絶対に成功させたかった」と山形氏は当時を振り返る。
しかし、新しいシステムに対する職員の拒否反応は強く、特に「非スマホ世代」から様々な苦情が寄せられた。そこで山形氏は1つ1つ解決を図り、しっかり対話をすれば、皆が納得してくれることを学んだという。
「パブリッククラウドに関しては、情報セキュリティ面での危険も指摘されます。しかし、ネットワークにつながっている限り、100%の安全はあり得ません。重要なのは、その危険やリスクについてしっかり確認していくことだと思います」。
自分たちで実行することで
ICTスキルを高める
国の自治体情報システム強靭性向上事業によって、自治体のネットワークは「三層分離」のしくみをとるようになった。山形氏は、これによって自治体のネットワークは大きく2つに分けられたと指摘する。個人番号利用事務とLGWAN接続事務が保護前提のネットワークであるのに対し、インターネット利用事務は公開を前提とするネットワークだからだ(下図参照)。
「三層分離」をとる自治体のネットワークは、公開するか/保護するかの視点で見ると2つに分けられる
「三層分離を通じ、良い気づきが生まれたと感じます。自治体において漏洩してはいけない情報は、住民の生命や身体、財産に関する情報、そして行政運営上の機密情報です。重要なのはデータの棲み分けで、何でもクローズにして守れば良いという訳ではありません。むしろ、情報を秘匿化して、必要な情報が住民に伝わらないことのリスクを考えるべきです」。
このような機運を高めるため、森町で取り組んできたのは、職員に「自分たちでやってもらう」ことだ。例えば、行政では通常、情報システムの担当部署がパソコンの設定をしっかり行った上で職員に渡すのが普通だが、森町ではそうではない。
「パブリッククラウド導入の際は説明会も開きましたが、その後は自分でやることで慣れてもらっています。特に、新入社員は最初からそれを学ぶことが必要なので、基本的にまっさらなパソコンとマニュアルだけを渡します。自分で責任を持つことで、技術力のベースアップが図れます。最初は不親切とも言われましたが、結果的に良かったと感じます」と山形氏は言う。
森町ではパブリッククラウドを導入した一方で、情報セキュリティ対策は厳格に行っている。例えば、LGWAN側からインターネット側にデータを持ち出す際は、1つ1つのファイルについて、所属長への稟議で認証してもらう必要がある。
「データは何でもLGWAN側のネットワークに置いて囲うのではなく、住民と常にやり取りするものは、インターネット側に置いたりします。その判断は情報システムの担当者ではなく、所属課ごとにしてもらいます」。
「石橋を叩いて壊す」ような
リスクマネジメントはやめる
森町ではこれらの取り組みを進めてきた一方で、職員のテレワークは行われておらず、町のデジタルトランスフォーメーション(DX)は進んでいなかった。
山形氏は、「今の時代、世の中にはデジタル機器やインターネットを使える人の方が多くなっているのは明らかです。しかし、役場では『この人は、もしかしたら使えないかもしれない』と考え、必要以上の共感能力を持ち、制限をかけてしまうようです。不安はわかりますが、世の中に合わせていくことは重要です」と指摘する。
DXに向けては、何かを変えたらその分野だけにとどめないことも重要だ。例えば、パブリッククラウドを導入したら、バックオフィスで職員が利用するだけでなく「住民対応では、こういうところに使えるのではないか」とさらなる変革を考えてみる。「常に変化していくという気持ちを持てば、DXという言葉を使うまでもなく、行政の運営は変わっていくはずです」。
その際、周りの風景を見渡し、行政のやり方がメインではなく、世の中の「当たり前」に合わせていくことが必要になる。また、何かを変えてもそこで足を止めず、常に変わり続けなければサービスは陳腐化する。そこでは、「石橋を叩いて壊す」ようなリスクマネジメントはしないことが重要だ。
「行政の人たちは新しいものへのチャレンジを怖がりますが、だからと言って『やらない』と判断せず、正確に怖がってどうすればリスクを回避できるかを考えていくべきです。ただし、皆、不安なものは不安なので、少なくとも庁舎内や係内ではしっかり対話を続けることも必要でしょう」。
サービスの最上位はアナログだが、デジタルに頼れる部分では頼ることが必要だ。「アナログのサービス提供が難しいからデジタルに移行しますが、もしかしたら、それによってより良いサービスになるかもしれないと考え、少しずつ進めるべきです。その際、トライ・アンド・エラーも必要です。そして日々の生活での普通を、行政でも普通にしていくことが大切だと思います」と山形氏は講演を締めくくった。
からの記事と詳細 ( 自治体におけるパブリッククラウド導入とDX | 2022年3月号 | 事業構想オンライン - 月刊「事業構想」 )
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