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Monday, January 31, 2022

ゲノム編集の特許問題、種子市場に影 - swissinfo.ch

種苗会社は、「CRISPR-Cas9」のようなゲノム編集ツールは、病気や気候変動ストレスに強い野菜やその他の作物の開発にかかる時間やコストを削減するのに役立つと主張する Yuriko Nakao/Bloomberg via Getty Images

気候変動の影響で過酷な環境と化した地球で、世界の食料問題を解決できるのか。そんな懸念が強まる中、作物の遺伝情報を操作する「ゲノム編集」に期待がかかる。だが時代遅れの特許制度が足かせとなり、大企業だけが甘い汁を吸うことになりかねない。

このコンテンツは 2022/01/31 09:00

スイス拠点の農薬大手シンジェンタ・グループの科学者らは、10年以上かけて耐病性を持つキャベツの品種改良に取り組んできた。高温で乾燥した気候にも強く、窒素肥料をあまり必要としないこの品種は、土壌に優しくバスケットボールほどの大きさに育つ。農家が収穫し易いように地表に近い位置で育つよう品種改良された。

毎年最新の種子を紹介する同社は昨秋、過酷な天候に耐えるこのキャベツの他にも、さび病に強いサヤインゲン、スナック感覚で食べられるサヤエンドウ、熱々の肉と一緒にパンに挟んでもシャキッとした食感を失わない特殊なレタス「バーガー用レタス」といったデザイナー野菜を発表した。

だがシンジェンタ(2017年より中国の巨大国有化学メーカー、中国化工集団=ケムチャイナの傘下)のようなアグリビジネス企業は、もはや従来のように2つの植物を何世代にもわたり交配して気長に品種改良を行う必要はなくなったと見る。そして「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャスナイン)のようなゲノム編集ツールで作物のDNAを操作し、有益な形質を追加し、好ましくない形質を取り除き、望み通りの品種を開発したい考えだ。これにより新しい品種の開発に必要な時間を4分の1に短縮できるかもしれないという。

シンジェンタの国際種子形質・規制部門の責任者、チャーリー・バクスター氏はswissinfo.chに対し、「ゲノム編集は、種子の開発において非常に将来有望だ」と述べ、「増え続ける人口を持続可能な方法で養うためには、新技術を取り入れる必要があると認識すべきだ」とした。

上海証券取引所への新規株式公開(IPO)他のサイトへを控える同社は、ゲノム編集計画について固く口を閉ざす。ただ広報担当者はswissinfo.chに対し、米国や中国などでゲノム編集技術に投資し、さまざまな作物の栄養成分を変え、収穫量の増加や、害虫・病気に対する抵抗性の向上を図っていると語った。

シンジェンタをはじめとする多くの大手種苗会社は、新しい形質を持つ植物が開発される度に特許を増やし、他社がその発明を複製、使用、販売、流通することを禁じている。だがこの傾向は、世界の種子市場を破壊し、小規模業者を締め出し技術革新を阻害する恐れがあるとして、植物栽培の専門家や農民の権利を守る活動家の間で広く問題視されている。

特許の急増

欧州では、既にCRISPR-Cas9のような編集ツールの食品システムへの導入を巡る議論が広く行われており、当局は(規制するなら)どう管理すべきか頭を悩ませている。焦点は安全性と環境リスク、そしてゲノム編集技術で育てた植物を遺伝子組み換え作物(GMO)として分類するか否かだ。欧州連合(EU)とスイス他のサイトへの農業では、20年近くにわたりGMOの栽培を禁止あるいは厳しく規制してきた。

これまでスイスはEUの規制当局に従い、ゲノム編集された種子を遺伝子組み換え作物に分類し規制してきた。だがその見方に変化が出始めており、欧州委員会が昨年4月に発表した研究他のサイトへでは、規制をゲノム技術の進歩を反映したものに改めるべきだとの提案が出された。またスイス上院他のサイトへは12月にゲノム編集を遺伝子組み換え禁止対象から外すと決定した。

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シンジェンタで知的財産の責任者を10年近く務めた特許弁護士、マイケル・コック氏は、技術が進歩し、ゲノム編集を認める政府が増えれば、20年後に世界市場に出回る新品種の半分が、ゲノム編集した形質を少なくとも1つは持つようになるだろうと予測する。そしてこれらの形質を持つ種子は全て、少なくとも1つの特許で保護されることになる。

ゲノム編集の台頭により、既に特許の取得数は飛躍的に伸びている。この種の食品は大豆油とトマトの2種類しか市場に流通していないにもかかわらず、だ。コック氏は、昨年出願された国際的な植物特許の約半分は、ゲノム編集関連だと推測する。

スイス拠点の特許分析会社IPスタディーズ・ソントレドック(IPStudies-Centredoc)によると、CRISPRを用いた植物に関する特許ファミリー(1つの発明に対して異なる国で出願された全ての特許)は、12年には21件だったが、昨年は2千件に達した。これらの特許ファミリーにはそれぞれ、異なる国で数十件の特許が存在することもある。その大半は中国と米国だが、約700件は他国にも及ぶ。

イノベーションに水を差す「特許の山」

この急激な変化は、私たちの食の未来に大きな影響を与える。乾燥耐性や葉の大きさなどの新しい形質は全て、その遺伝的変化が自然界に存在しない限り、特許を取得できる。ゲノム編集では植物の遺伝情報をより正確に操作できるため、新しい形質の数は跳ね上がるとみられる。

特許の対象になるのは形質だけではない。新しい育種方法や遺伝子配列、更にはゲノム編集された大麦を使ったビールなども特許の対象となり得る。また植物の新品種は、別の形の知的財産として保護することも可能だ。

本来、このような保護は発明者に投資を回収する方法を与え、より有用な新種の研究を促進するためにある。農業に遺伝子組み換え作物やバイオテクノロジーが導入されて以来、特許の取得は増え続けている他のサイトへ

変わるのは特許の数だけではない。植物の品種改良は、ある種を別の種と交配し、同じ生殖質を次の世代に受け継がせるという絶え間ない作業だ。ゲノム編集で品種改良が加速し、特許が次々と申請されれば、重複するケースも増えてくる。

シンジェンタは従来の育種技術を使って、この紫色の芽キャベツのように、しっかりとして苦味の少ない新品種を開発した。CRISPRのようなゲノム編集ツールを使うと、どんなものができるのだろうか? Yuriko Nakao/Bloomberg via Getty Images

現在、独立系アドバイザーとして種子業界に携わるコック氏は、昨年末に発表した論文他のサイトへで、この特許の山がイノベーションを「冷え込ませる」恐れがあると警告している。

「1つの種子が8~10件の特許で保護されてしまうと、育種家や農家が全ての特許所有者とロイヤルティー交渉するのは不可能に近い」。同氏はswissinfo.chにこう語る。育種家は新品種の販売に複数のライセンスを取得しなければならず、通常、売上の一部を特許所有者に支払うため、そのプロセスが複雑で高価になる。

「次世代のイノベーションを生み出す動機付けを保ちつつ、誰でもイノベーションにアクセスできる手段を見つける必要がある」と同氏は続け、知的財産権制度を根本的に見直す必要があると述べた。

脅威かメリットか?

収穫量の増加や病気への耐性、風味の向上など、望ましい形質を持つ製品を求めて農家は何千年にもわたり植物の品種改良を行ってきた。現在もまだ園芸家や農家の関与はあるが、今日この業界を支配するのはアグリビジネス企業だ。

その頂点に立つのが、シンジェンタや米コルテバ・アグリサイエンス(元ダウ・デュポンの農業部門)、そして18年に競合大手モンサントを買収したバイエルといった巨大な多国籍企業だ。世界の種苗会社トップ10に名を連ねるこれらの企業は、M&A他のサイトへ(企業合併・買収)を通じて世界市場の少なくとも7割を支配他のサイトへしていると推定される。

農民の権利を守る活動家や小規模の育種家らは、あらゆるものを特許化すれば、種子市場はこれら大企業によって完全に牛耳られるという懸念を強めている。

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貧困国の小規模育種家や農民の権利を守るNGO、スイスエイド(Swissaid)のシモン・デジェーロ氏は、「技術そのものに加え、その背景にある力関係と工業的な農業システムも問題だ。農家は、自分にとって最良の種を(自由に)選び、利用する権利を与えられるべきだ」と述べた。

アフリカ生物多様性センター(南ア・ヨハネスブルグ)のマリアム・マイエット所長は、CRISPR-Cas9は植物の遺伝子操作をより安く簡単にするため、技術革新の民主化が進むと思われたが、知的財産権の保護により、農民や育種家にとって種子の使用がかえって高価で困難になり、市場から第三者が締め出される恐れがあると主張する。

スイスの有機農業調査研究所(FiBL)の上級科学者モニカ・メスマー氏も同じ意見だ。「欧州で(特定の形質を持つよう改良された)新しい品種が出ると、育種家は植物品種保護法の特権でイノベーションの恩恵を受けられるため、最終的にコミュニティー全体の利益にもつながっていた。しかし特許のせいでそれが危ぶまれている。自分で種を改良したくてもそのイノベーションの使用が禁じられてしまうためだ」

同氏は、トウモロコシや大豆のような主要作物や、利益が最も期待できる農薬耐性などの形質ばかりに多額の資金が流れるのではないかと懸念する。そして「技術さえ安全なら、何でも流通させてよいというわけではない。安全性の他にも、社会にどんな利益をもたらすかを考慮すべきだ」とswissinfo.chに語る。また企業は遺伝子バンクで情報を共有し、誰でも利用できるよう義務付けられるべきだとした。

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欧州の種子部門を代表する団体「ユーロシーズ(Euroseeds)」はswissinfo.chに対し、特許を取った形質をライセンス化するよう企業に奨励するが、何をどのようにライセンス化するかは「個々のビジネス上の判断」だと述べた。

また前出のシンジェンタのバクスター氏は、「種苗会社が成功しているのは、このビジネスを熟知し、新製品の開発に多くの専門知識を注ぎ込んでいるからだ。もし私たちの種が使い物にならなかったら、消費者にそっぽを向かれるだけだ。私たちは生産者のメリットになる開発を進めている。そして市場は自由競争の上に成り立っている」と述べた。

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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