「そろそろ旅に出たいなあ。どこに行こう」
旅に出たいと思った時、多くの人が最初に考え始めるのは「旅先」ではないだろうか。沖縄、ハワイ、オーストラリア、それとも京都……?うーん、悩む。
しかし、旅先から決め始めた旅は、どこか予定調和な旅行になってしまう側面があるように思う。沖縄に行ったら、海辺でのんびりして、沖縄そばを食べて、美ら海水族館に行って、国際通りを散策。帰ってきて、はあ楽しかった、また行きたいな。
それが悪いと言うわけでは全くないが、旅には、行きたいと思っていたところに行き、写真を撮って楽しい思い出を作る魅力だけではなく、時に人生を変えてしまうほどの、どこか魔法のような力があるように思うのだ。
だからこそ、今旅に出たいあなたには、こんな問いを投げかけてみたい。
「あなたは、“どう” 旅する?」「 “How” do you travel?」
どう旅するの「どう」には、様々な内容が当てはめうるが、今回は一例として「ゆっくり」「飛行機をなるべく使わずに」「サステナブルに」「今の自分自身に挑戦するように」する旅について取り上げてみる。
話者は、イギリスを拠点に活動するサステナブルトラベルの専門家Holly Tuppen(ホーリー・タッペン)さん(以下、Hollyさん)。さて、どんな話が聞けるだろうか。
話者プロフィール: Holly Tuppen(ホーリー・タッペン)
フリーランスのトラベルライター兼サステナブルトラベルの専門家。イギリスを拠点に世界各国の旅行会社やホテルなどのサステナブルな旅の在り方に関するコンサルティングに従事。リサーチャーとしても活躍しており、サステナブルトラベルに関する本 “Sustainable Travel The essential guide to positive-impact adventures(日本語未訳)” を2021年に出版。
サステナブルトラベルに目覚めたきっかけは、世界一周旅行
Q. Hollyさんは、昔からよく旅行に行っていましたか?
幼いころは、旅行する機会はあまり多くありませんでした。ただ、地理が好きな祖父母と地図帳を広げて、祖父母がこれまでに旅をした国から、訪れたことがない国まで、色々な話を聞いて過ごすことが大好きでした。旅に対して情熱を注ぐようになったきっかけのひとつは、大学卒業後に南アメリカに半年間滞在した旅です。
Q. そのあとに、飛行機を使わずに世界一周した旅が大きな転機だったそうですね。
飛行機を使わずに世界を一周した旅ではたくさんの刺激を受けました。よくある旅行は飛行機に飛び乗り、滞在先に着くやいなや観光名所を巡り、目的の場所に行き尽くしたら数日で帰ります。しかし、私たちはそういった旅行とは違い、電車や船、タンデム(二人乗り自転車)で時間をかけて移動することで寄り道をしたり、人と交流したりしながら、ゆっくりと旅をしました。
Image by Holly Tuppen
Q. なぜ飛行機を使わないで旅することにしたんですか?
環境のためという理由もありましたが、それ以上に、アドベンチャー要素を求めるために飛行機を選びませんでした。できる限り自分たちにチャレンジングな状況を作りたくて、楽な移動手段である飛行機をあえて避けることにしたのです。国境を渡るときは電車を使うことはもちろん、カナダからアジアに向かう際には貨物船に乗ったり、ある時はヒッチハイクをしたり、タンデムでロッキー山脈を横断したりしました。
Image by Holly Tuppen
Q. ほんとうに挑戦的、かつタフですね。
例えばアメリカやヨーロッパ各地でタンデムを漕いで走っていると、地元の方が珍しがって私たちに話しかけてきてくれて、とても親切にしてくれるんです。食事をご馳走になったり、家に泊まらせてもらったりと歓迎してくれました。
なかでもユニークで覚えているのは、ネパールのカトマンズの郊外で5か月間滞在し、複数のウェブサイトを構築するボランティアをしたことです。ヨーロッパとはまったく違う文化を持つ地域で数か月間滞在したことは、とても貴重な経験でした。もちろん大変な時もありましたが、それ以上に人々の温かさを感じられた濃い旅でしたね。
Q. そうしたゆっくりな旅、スロートラベルを通じてどのような気づきがありましたか?
時間をかけてゆっくり旅をする「スロートラベル」は、他者の助けが必要となる場合も多く、誰かに話しかけないといけない状況に置かれることもままあります。そうした状況があったからこそ、私たちは多くの人と交流することができました。
Image by Holly Tuppen
また、ローカルな場所に足を運ぶことで、現地の人と関係性を築くことができました。彼らのライフストーリーやあらゆるテーマに関しての意見など、普段であればなかなか聞くことのできないような深い話を聞くことができ、普段自分がメディアから得ている情報との違いを身をもって知ることができました。
同時に、文化や民族、生まれ育った環境などが違っていても、人はそれら全てを超えて共通点が多く、求めているものや人生の軸となるもの、価値があると感じていることはほぼ同じだということが分かりました。
この旅を通じて、個人の価値観を広げたり、環境にポジティブな影響を与えるスロートラベルやサステナブルトラベルにもっと関わっていきたいと考えるようになり、イギリスに帰国後、様々な旅行会社やホテルにコンタクトを取り、あるメディアでサステナブルトラベル関連のライターをすることになりました。そうした経緯を経て現在は、フリーランスのサステナブルトラベルの専門家としてライティングやコンサルティング、リサーチなどの仕事をしています。
環境や社会へ良い影響を与えるために「旅行を『使う』」
Q. Hollyさんが執筆されたサステナブルトラベルに関する本のなかに「旅行を『使う』」という表現がでてきました。こちらについて、詳しく教えていただけますか?
Image by Livhub
例えば人々は美しい自然を求めて旅をしますよね。そのため旅行業界にとっては、自然環境が資産のひとつともいえます。だからこそ旅行業界がビジネスを継続させるためには、エコシステムや自然環境を守る必要があるんです。そのための経済的な支援を、旅行業界は観光客から得ているとも捉えることができます。
環境を保護したいけれど資金が足りない場所は多くあります。そうした場所は、観光客から資金を得ることで、自然保護に必要なレンジャーの賃金が払えたり、歩道づくりなどの環境整備ができたりするのです。旅行を適切に使えば、そうした自分がサポートしたい活動や地域を支援することにもつながります。
Q. 滞在先で旅行を楽しむことで地域に良い影響を与えられるのはとても理想的ですね。
リサーチするなかで見つけた、環境保護や観光促進を目的としたことで良い結果が得られた興味深い事例のひとつに、東ヨーロッパの旧バルカン半島で争っていた3つの国があります。3か国とも一時期戦争をしていたのですが、美しい山脈を守りたいという意思が共通してあったことから協力し合うきっかけとなり、平和に向けた動きを促進したのです。歴史的な場所の保全や自然環境を再生させ、観光客も来られるよう環境を整備しようと力を合わせて争いがなくなるのはとても素晴らしい事例ではないでしょうか。
ほかにも、ドミニカ共和国ではハリケーンが襲来して甚大な被害を受け、島を立て直す必要があったことを機に観光の在り方を見直したというケースもあります。
サステナブルな旅行をする、3つの重要なヒント
Q. サステナブルに旅する際の大事なポイントを3つ教えてください
1. 飛行機に極力乗らない
まず1つ目に、できるかぎり飛行機に乗らないことです。気候危機に直面している現代に生きる私たちは、CO2の排出量を削減することに責任を持つ必要があります。旅行するなかで最もCO2を排出する行為は飛行機を利用することにあります。ただ個人的には飛行機に一切乗らない、というのではなく、いつ飛行機を使うのか慎重になる、そしてできる限り頻度を減らす必要があると考えています。環境負荷が高いと言えど、グローバル社会のなかで海外へ旅にでてあらゆる文化を学ぶことはとても素晴らしく重要なことです。しかし同時に自然を保護することが重要です。
イギリスではたった5%の人々がイギリス全体の75%のフライトを使っているというデータがあります。ほんの一部のマイノリティが常に飛行機を利用していることがわかりますね。飛行機を使う際には他の移動手段がないのかを検討してみたり、すぐに遠くに行く選択をするのではなく、家の近くで出来ることはないのかと考え直したりしてもいいかもしれません。近所を良く知ることで自分たちのコミュニティや自然環境を保護する責任意識が育つという利点も同時にあります。
2. 地域の人やビジネスに還元する
2つ目は、地域に住まう人々が経営している中小企業やホテル、飲食店を利用すること。世界にお金を漏らさず、地域の中でお金を循環させることがとても重要です。観光業が世界経済にどのような影響を与えるかが主に議論されていますが、実際は大きなグローバルチェーン企業にばかりお金が回り、地域の小さいビジネスはなかなか恩恵を受けにくい実態があります。なので、旅をする際は自分たちのお金が誰の手に渡っているのかをしっかり把握することが重要です。
その土地に住むローカルの人の方が、地域の環境やコミュニティにとって何が良いのかを気に掛ける傾向がありますので、地域にお金が落ちるように意識するということは、観光経由で得たお金を環境保護などの活動に回りやすくなることにもつながっていきます。
3. コンフォートゾーンから抜け出す体験を求める
自分の現状のマインドセットに変化を与えてくれるような旅の体験を考えて、選択してみてほしいです。自分が今持っている先入観や固定観念を崩し、環境や文化、世界などを別の視点から捉え、自分とそれらの関係性を見つめ直し、マインドや考えをより良い方向へ導いてくれるいい機会を旅は提供してくれると私は考えています。
そうした体験は、自然のなかだけでなく街のなかでも経験できます。コンフォートゾーン(快適な領域)から抜け出し、チャレンジングな場所、先入観を捨てられる場所などにあえて出向き、自分を見つめ直したり、自然環境と向き合ったりすることで、旅先から家に持ち帰ることのできる何かを見つけることが大切です。
現在のヨーロッパの旅行トレンド
Q. 英国やヨーロッパではサステナブルな旅に関心を持つ人は多いのでしょうか?
興味を持っている人は多くいるように感じています。まだ実際に行動するよりも、話をしている人が多い印象ですが、話題にあがり始めていることはいい進展だと考えています。また行動としても、新型コロナウイルスが蔓延して以来、飛行機を使う旅ではなく、電車や船に乗って移動したり、家の近くでハイキングや散歩、ハイキング、キャンプを楽んだりする人も増えました。これらは結果的に環境にも良い影響を与えています。
コロナをきっかけに人々の価値観が変わり、個々のウェルビーイングを実現するために、時間に追われて生きるよりもゆっくりとした時間を過ごすことを重視する人々が増え、経済的な要因で出費も減ったことで、遠出をしなくなりました。結果、近所にもたくさん魅力があるということに気づき、ほんの少し遠出するだけでも充実した経験ができることにみな気が付き始めたんだと感じています。
Q. 視点を変えて、旅行・観光業界はサステナブルな旅の必要性を感じているのでしょうか。
新型コロナウイルスによる観光客の激減で打撃を受けた会社や地域は多く存在します。私が一緒に仕事をしているケニアのロッジでは、観光客からの収入がなくなるとパークレンジャーや自然保護への資金が不足してしまい、持続不可能になってしまう恐れがありました。こうしたところは実際に世界に多く存在しており、持続可能な経営と自然保護のために、サステナブルトラベルの必要性にコロナを経てより気づかされています。
もう少し大きく考えると、近年は気候「変動」から気候「危機」に代わり、異常気象によって人々の生活が脅かされるのを我々は体感しています。ビジネスの観点からもサステナビリティを意識しないと、企業のパーパス(存在意義)を実行しつづけることができず将来性がないように捉えられ、企業としての信頼性を失ってしまうため、環境や社会に配慮した持続可能な意識を向ける必要性がでてきました。コロナ禍にじっくり立ち止まって考える時間があったというのも、サステナブルトラベルの施策が行われ始めている要因のひとつかもしれませんね。
Q. やはり業界や企業でサステナビリティを推進するのは一筋縄ではいかないのではないでしょうか。
大きな企業の場合、全社員のマインドセットを変革する必要があります。正しくサステナビリティを推進するには、トップからすべての社員に向けて、なぜそのアクションをとることがインパクトが大きいのか説得し、理解したうえで、行動してもらうための意識の浸透がとても難しいと考えています。それらを解決するためにも私は企業と協働でホテルや中小企業向けに無料のワークショップを提供し、サステナビリティを企業経営に反映することの大切さを理解してもらえるよう働きかけています。
また、サステナブルな取り組みはコストがかかる上、長期間にわたって実行する必要がある点で簡単ではありません。3年や5年の短期的な視点ではなく、20年以上に視野を広げた投資判断を迫られます。結果がすぐにわからないことにお金や時間を投資するのはとてもハードルが高く感じられる傾向にありますね。
そして、旅行業界のなかでも特にクルーズや大手のホテルチェーンを運営する企業は、未だパーパスベースでサステナブルトラベルに注力していません。利益を最優先に考える傾向があるので、それらの意識を変えていく必要性があると私は考えています。
Q. 個人の意識のお話に戻りますが、新型コロナウイルスは企業だけでなく個人の消費の在り方や旅行の仕方を見直すきっかけになったと感じています。現在ヨーロッパではどのような旅が注目されていますか?
コロナ前からもソロ旅は増えていましたが、特にデジタルノマドはコロナ後に急激に増加している傾向があります。パソコンひとつでどこでも仕事ができるデジタルノマドは、急いでたくさんの場所を観光するのではなく、一か所に長期間滞在するので、あらゆる観点からサステナブルだと捉えることができます。
例えばイタリアのベネチアでは、クルーズ船を受け入れたために地元民が住みづらくなるオーバーツーリズムに悩まされていましたが、デジタルノマドは大歓迎だと話しています。デジタルノマドの人たちであれば、比較的長い期間賃貸に住み、地元のお店で買い物や飲食店で食事をし、地域に経済効果をもたらしてくれると期待されています。
他にも、コロナをきっかけに家族との時間を大切にしたいという意識が芽生え、多世代の家族旅行もトレンドになっています。それ以外にはウェルネストラベルに繋がる、自分自身と向き合うリトリートや自然との交流、エコシステムのなかでの自分の役割を模索するといった、スロートラベルや陸路での旅行、長期間の旅なども徐々に注目を集めています。
旅とは、視点を広げ価値観を広げるチャンス
Q. 今後は、どのようなテーマに興味をもっていますか?
現在、自然と人とのつながりを大切にするテーマにとても関心があります。気候危機と叫ばれるなか、私たちは自然を保護する責任があります。その解決の糸口を探すためには、自然とつながる必要があると考えています。今後はあらゆる国を巡って、自然と交流する実体験を持っている人や、繋がりを取り戻そうとしている人などのお話しを聞きたいです。ネパールや東ヨーロッパ、南アメリカに行ったときはそのような体験をすることができましたが、もう一度日本に訪れた際には、鎮守の森や山を数日間登り巡礼などもしてみたいですね。
Q. 次に計画しているのはどのような旅ですか。
現在6歳と8歳の子どもがいるので昔ほど自由に旅ができませんが、家族と陸路の旅行をよくしています。電車でイギリスからイタリアに渡ったときは、様々な国を通過するときに電車の車窓に移る景色の変化を楽しみました。いつかはもっとヨーロッパとは文化の異なるエキゾチックな国に行き、息子たちにカルチャーショックを与えてあげたいです。
そして私が好きなのは、小さいリュックを背負って家の近所をひたすら歩き、気分に合わせて寄り道するような旅です。まずは日ごろから、家の近くからアドベンチャーを楽しみたいですね。
Q. 最後に、Hollyさんにとって「旅」とは?
自分の「日常」の外にある自然や人、文化と繋がっている瞬間はいつでも旅と呼べると思います。それは自宅のすぐそばでも体験できますし、地球の裏側にももちろんあります。自分のコンフォートゾーンの外に出させてくれる体験や異文化の人と関係性を築くことで、人として成長できる機会を提供してくれるのが旅です。
例えば、ロンドンにはホームレスや難民、移民が提供するツアーがあります。自分が普段住み慣れている街を歩くツアーなのですが、価値観がまったく違う人の案内でいつもの道を歩くと、新たな視点や気づきがあり、知らないことがまだまだたくさんあるという発見をすることができてとても新鮮です。このようにいつもの場所でも誰とどのように過ごすかで学びを得ることができるんですね。
自分とは違う価値観や視点を知らずに生きることは逆に恐ろしいことなのではないかと私は考えています。ですので、積極的に自分の固定観念を破り、まったく違う文化を持つ人と交流することでより広い視野を持つことができる、そんな瞬間を求めて旅をしています。
Image by Holly Tuppen
まとめ
いわゆる「映え」を狙った旅行は旅とは言わないのかもしれない。旅のもっとも価値あるところは、そういった視覚的なもの以上に、文化を学び、人と交流し、自分の視野を広げる経験なのではないだろうか。まずは次の週末に、水筒とお菓子をもって通ったことがないあの道を歩いてみよう。
【参照サイト】Holly Tuppen
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※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Livhub」からの転載記事となります。
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