[ハラパン島(インドネシア) 6日 トムソン・ロイター財団] - ドゥウィ・バングンさん(30)はインドネシアの公務員。首都ジャカルタのオフィスに姿がなく、この都市の悪名高い交通渋滞にもはまっていないときには、近くの沿岸に行けば彼女に会える。裸足で海に入り、マングローブを植えているのだ。
ドゥウィさんは「フタン・イトゥ・インドネシア(森こそインドネシア)」という革新的な環境保護団体にボランティアとして参加している。都会に住む若者を対象に、国内の森林の大切さを教え、森林保全に参加するよう働きかける活動だ。
「パリといえばエッフェル塔、ニューヨークといえば自由の女神像。でもインドネシアと聞いて、どんなイメージが浮かぶだろうか」とドゥウィさんは問いかける。住まいはジャカルタ郊外の街タンゲランだ。
「この国のイメージは、森林であるべきだ。それだけ豊かな森林が、この国にはある」
生物多様性に恵まれたインドネシアには世界第3位の規模の熱帯雨林があるが、ここ数十年は、パームヤシ栽培に向けた伐採や、鉱業、パルプ製紙産業の拡大、都市化といった脅威が増している。
森林が破壊されれば、世界的な気候変動抑制目標の達成が危うくなる。樹木は世界中で生み出される地球温暖化ガスの3分の1を吸収する一方で、腐敗したり燃やされたりすれば炭素を放出するからだ。
近年、森林保全政策の厳格化や森林火災防止が改善されたことで、インドネシアにおける森林破壊のペースは鈍化している。とはいえ、非営利団体(NPO)の世界資源研究所(WRI)によれば、インドネシアにおける原生熱帯雨林の消失面積は、2022年には23万ヘクタールに達し、世界第4位となった。
2016年に設立されたフタン・イトゥ・インドネシアは、森林破壊の進行と若い世代の無関心を憂慮し、コンサートや森林トレッキング企画の開催、アート作品やショートフィルムの制作など、さまざまな方法で啓発・参加の拡大を図っている。
フタン・イトゥ・インドネシアの共同創設者で映像プロデューサーのアンドレ・クリスチャン氏は、「大きな実験のようなものだ。どうすれば人々の、特に若者たちの森林に対する意識を高め、手付かずのまま森林を保全することの大切さを分かってもらえるか」と語る。
人口約1000万人の巨大都市ジャカルタで暮らす若者の多くは、リサイクルや大気汚染といった環境問題には関心を示すものの、自然と切り離された都会では、どうしても森林の回復や保全の優先順位は低くなってしまう。
コンサルティング会社ダイメーターが2015年に実施した調査では、若い市民を中心に、インドネシア人の多くは国内の森林についての意識が低く、関心も薄かった。
また英調査会社ユーガブが行った世論調査でも、2019年の時点では、気候変動説に否定的な意見がインドネシアでは18%と世界で最も多かった。
環境保護団体によれば、気候変動関連の活動家は、政府当局者や採取産業から「環境保護主義者は経済成長を阻害している」として攻撃されることが多いという。
「森林などの天然資源を持続可能な形で管理して行くには、若い人たちを森林保全に巻き込んでいくことが必須だ」と語るのは、WRIインドネシアでプログラムディレクターを務めるアリフ・ウィジャヤ氏。
<ランニングイベント、コンサート、映画、グルメ企画>
ドゥウィさんは、2016年頃から自分にも何かできないかと考え始めた。森林火災や煙霧の発生が特にひどかった年だ。
多くの環境保護団体がインドネシアの環境破壊対策に関して生ぬるい、退屈な取り組みしか進めていないことに不満を感じていたドゥウィさんは、ソーシャルメディアの投稿で、森林をテーマとするファンラン(順位やタイムを争わないランニング)大会が告知されているのに目を留めた。主催はフタン・イトゥ・インドネシアだった。
「普段から、森林が危機にひんしているといった報道は目にしていた。でもこの団体は、それとは違うポジティブなキャンペーンをやっていた」とドゥウィさんは言う。
ファンラン大会で完走したランナーは、メダルを受け取る代わりに、スマトラ島の樹木の「里親」となる権利を与えられる。
フタン・イトゥ・インドネシアはその後、熱帯雨林を訪れた経験を基に曲を制作したミュージシャンが参加するコンサート、展覧会や映画の上映会、森林から入手した食材を用いたグルメ企画といったイベントを主催している。
同団体は現在、若いボランティアを主力として、インドネシア国内の8つの州で活動中だ。こうした若者たちの独自の環境保護イニシアチブに支援を提供し、森林を訪れてトレッキングを楽しみ、森林再生プロジェクトに参加する機会を設けている。
「インドネシアをもっといい国へと変えていく原動力は何か。若者たちだ」と共同創設者のクリスチャン氏は言う。「(若者たちこそが)未来だ」
オスロを本拠とする非政府機関(NGO)「レインフォレスト・ファウンデーション・ノルウェー」でディレクターを務めるトーリス・ジェイガー氏によれば、こうした取り組みは、若い世代の都市住民に、社会全体の生活を維持していくために森林がいかに大切か、また都市から遠く離れた地方コミュニティーが天然資源を保護する上で大切な役割を果たしていることを理解してもらう上で役立っているという。
「インドネシアが森林破壊の進行を遅らせることに成功したという事実は、次世代に『よし、森林喪失という流れを変えることは可能だ』という希望を与えるはずだ」と同氏は語る。
<セレブや靴メーカーも支援>
2020年、フタン・イトゥ・インドネシアはジャカルタ近郊で、森林保護の方法をテーマに若者を対象とした3日間の入門キャンプを主催した。
このイベントには学生を含めて約50人の若者が参加、その1人がドゥウィさんだった。このキャンプでドゥウィさんは、自分自身の環境保護グループ「フォレスト・イズ・アワ・フレンド(森は私たちの友人)」の立ち上げに取り組み始めた。オンラインでも学校でも、若者たちの森林や自然に対する認識を向上させることが目的だ。
ドゥウィさんはマングローブ植樹プロジェクトに何度か参加し、ハラパン島(「希望の島」の意)でフタン・イトゥ・インドネシアが新たに取り組むマングローブ植樹プロジェクトのキャンペーンを手伝った。この島は、ジャカルタ北方の「サウザンド・アイランズ(千の島々)」と呼ばれる列島の1つである。
島内に自動車はなく、200家族と推定される島民はオートバイや自転車で狭い通りを行き交い、観光客向けに宿泊施設やエコツーリズム、島巡りツアーを提供するか、あるいは漁業によって生計を立てている。
ハラパン島におけるフタン・イトゥ・インドネシアのマングローブ植樹プロジェクトは、オンラインでの寄付と企業とのコラボレーションに頼っている。参加企業の1つが靴メーカーのコールハーン・インドネシアだ。インドネシアでコールハーンの靴を買うと、マングローブの「里親」となる権利が得られる仕組みもある。
6月に開始されたプロジェクトでは、地元の島民も植樹作業に協力している。俳優マルセル・チャンドラウィナタや双子のモデル、バレリー姉妹など国内の著名人も支援に加わっている。
都会の騒がしさからの休息を求めるジャカルタ住民は、よくハラパン島や周囲の島々を訪れ、自然を楽しみ、ウミガメを観察し、マングローブを植える。マングローブは水産資源の維持に貢献し、異常気象や高潮に対する備えにもなる。
停泊する漁船や豪華ヨットを背にして取材に応じたドゥウィさんによれば、海岸沿いに数十人の若いボランティアたちが裸足で列を作り、1─2時間ほどかけて、浅い濁った水域に1000─2000本のマングローブ苗木を植えるという。
「風や波のタイミングを見極め、地域に適したマングローブを植えなければならない。そうしないとすぐに枯れてしまう」とドゥウィさんは言い、植樹したマングローブが定着するかどうか分かるには約6カ月かかるのが普通だ、と説明する。
インドネシアに広がるマングローブ生息域は世界最大で、地上の熱帯雨林に比べ4─5倍の二酸化炭素を吸収することが可能だ。インドネシアは2021年、荒廃したマングローブ生息域60万ヘクタールを2024年までに再生する取り組みを開始した。
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領はマングローブ再生事業を優先課題として掲げている。ドゥウィさんは、将来的にこの国の森林を豊かに支えていく上で若者の役割が重要だと考えている。
「水に入っていって泥まみれになる、こういうアクティビティーは(若者にとって)楽しめる」とドゥウィさんは言う。
「その様子を(オンラインに)投稿すると、ドミノ効果で他の若者にも広がっていく」
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