[メキシコ/ロンドン/ヨハネスブルグ 20日 トムソン・ロイター財団] - コロンビア人声優のアルマンド・プラタ氏は、首都ボゴタのショッピングモールのCMやポルノ映画のナレーション、大手銀行のCMといった仕事を受けたことはない。ところが、自分の声による会話や売り込み文句が色々なところから鮮明に聞こえてくるではないか。許可した覚えもなければ、ギャラももらっていない。
プラタ氏を戦慄(せんりつ)させたのは、もちろん記憶力の減退に対する不安などではなく、少し鼻にかかった人工音声だった。自分の声が人工知能(AI)によってひそかに複製され、ベテラン声優であるプラタ氏の大切な資産と、表現者としての選択権、自分の声に対する権利を奪っていたのだ。
「スペイン語の音声として最も多く複製され、利用されているのは私の声だと思う」とプラタ氏。快活で太い声の持ち主で、声優としてのキャリアは50年、コロンビア声優協会の会長を務めている。
現在プラタ氏は中南米諸国の声優を組織し、「自分の声に対する権利」の法制化をめざしている。
プラタ氏の団体に限らず、AIの急激な台頭から人権を守ろうとする動きが世界各地で生まれつつある。南アフリカから欧州、日本、米国に至るまで、まるで自分のように振る舞うAIの影響から自分の仕事と魂を守ろうと、表現者たちは団結している。
「声の強奪」の発端は、さほど悪意のない話のように思える。
プラタ氏が、ある企業のためにテキスト音声読み上げのプロジェクトに参加して報酬を得たのは20年前の話だ。ところがその後、その企業はプラタ氏の了解を得ることなく、録音した音声をAIソフトウェア企業に売り渡してしまった。
プラタ氏の声は、少なくとも当時は商品価値がなかったとしても、好評を博した実績があった。ナレーション業界では珍しくないことだが、プラタ氏は特に契約を結んでいなかったため、その当時は訴訟を起こすこともできなかった。
プラタ氏はトムソン・ロイター財団に対し、「いずれは、そうした企業を告訴し、集団訴訟で戦うこともできるようになるだろう。しかし、まず必要なのは、私たちの声の所有権を政府に認めさせることだ」と語った。
<「声」をめぐる人権>
人工合成メディアの検出を専門とする企業ディープメディアでは、今年は推定50万本の「ディープフェイク」動画・音声がソーシャルメディア上で共有されることになると見ている。
音声のクローンを作成するには、かつてはサーバーやAI学習のコストとして1万ドルを要した。だがディープメディアによれば、最近ではほんの数ドルで同様の機能を提供するスタートアップが複数ある。
音声の盗用という点で話題となった例の1つは、2023年4月、俳優モーガン・フリーマン氏の音声と姿がジョー・バイデン大統領を批判するフェイク動画で用いられた事件だ。
AIによるクローン音声が、セレブは言うに及ばず、声優にかかるコストの約半分で利用できるとすれば、このテクノロジーの誘惑は大きい。
声優紹介サイト「ボイシズ・ドットコム」に登録されている米コロラド州の声優を60秒のラジオ広告で使うとなると、500ドル(約7万5000円)の報酬が必要になる。同等のAI音声ならば同じ時間で200ドル、1ワードあたり約1ドルだ。その半額でできる声もある。
マイクロソフトの「VALL-E」言語モデルなどの音声合成AIは、膨大なデータをしらみつぶしに調べ、人々がどのように話しているかを分類し、ニューラルネットワークと呼ばれるアルゴリズムを使って、人間の音声パターンと会話の特徴を複製する。
今年、チリでAIベースの音声合成企業が設立されたことを受けて、同国の声優協会は国会議員と面会し、人権としての声の所有権について協議した。
コロンビアの声優たちも同じように、人間の声を個人の財産として確立するための立法プロジェクトを発足させた。
どちらの試みも、合成音声で生成されたすべての素材に、それと分かるよう音声による「ウォーターマーク(透かし)」を入れることを義務づけるなど、将来の規制に向けた基盤を用意することをめざしている。
著作権法は、キャンバスであれデジタル技術であれ、有形のメディアに記録された作品を保護しているが、「声」はその範囲から外れている。
いくつかの国では著名人を素材とするディープフェイクも禁じているが、具体的に声のディープフェイクを規制する法律はどこにもない。
<声は個人情報か>
南アフリカの音響エンジニアで声優でもあるアンドリュー・サザーランド氏によれば、アフリカ大陸は地域ごとのアクセントや言語が実に豊かに入り交じっているため、AI音声モデルの成功例がほとんどない。とはいえ、アフリカの声優たちも自らを守る道を模索しているところだという。
1つの足がかりになりそうなのが、南アフリカ個人情報保護法だ。同法のもとでは、個人データを同意なしに収集、加工、保存することが禁じられており、「声」もその対象になる。
サザーランド氏は、「声」は社会階層や年齢などを示唆する可能性があるため、個人に関する機微な情報として分類することができ、したがって「立法府がこれを認識し、そうした根拠で声を保護する可能性はある」と話す。
南アフリカ俳優ギルドは、実演者の権利に関する政策を立法化するよう政府に働きかけている。同様の戦術を取っているのが、フリーランスの表現者のための日本の主要な業界団体である日本芸能従事者協会だ。
日本の著作権法は他国の法制に比べてかなりAIに寛容な姿勢をとっており、企業がデータ分析のためにあらゆる言語、音声、画像を利用することが可能になっている。
だが、クリフォードチャンス法律事務所のパートナーである西理広氏はトムソン・ロイター財団へのメールの中で、日本政府はキャリア初期にある声優の保護を導入せざるをえないのではないか、と指摘する。AIが同様のコンテンツをあっというまに生成し、声優らの将来の成功が妨げられる可能性があるからだ。
日本芸能従事者協会の代表を務める俳優の森崎めぐみ氏は、日本はG7共通の新法制を推進する一方で、その隙間を埋めるために「表面的な」現行法に頼っている指摘する。
結果的に、実演家の保護は手薄になっている、と森脇氏は言う。
<国境なきAI世界でのルール作りの困難>
世界各地の芸術家は、欧州連合のAI法に注目している。AIツールを潜在的なリスクによって格付けし、合成音声の利用に関するグローバル基準を設けることを狙う法律だ。
「ディレクターは英国、プロデューサーはカナダ、声優はアフリカ、もう1人のプロデューサーはスウェーデン、そして自分がロサンゼルスにいるとしたら、誰が何を所有していることになるのか」と全米声優協会(NAVA)のティム・フリードランダー氏は問いかける。
「インターネットには国境も境界もない」
フリードランダー氏は、米国でもAI法制に関する議論はあるとはいえ、政治的には袋小路に陥っていると見ている。
EUの取り組みも完璧ではない。NAVAとしては特に、AI音声もディープフェイク画像と並べて「ハイリスク」グループに分類してもらいたいと考えている。
「有名な声優が影響を受けるというだけではない。誰でも、自分の声を録音したことがあれば巻き込まれる可能性がある」とフリードランダー氏は述べ、詐欺や脅迫の可能性を指摘した。
業界では、EUのAI法が年内にも成立することを期待しているが、期限が定められているわけではないため、リスクを抱えている者は独自の対策をとりつつある。
今年、スペイン語話者の声優たちは共同で「ユナイテッド・ボイシズ・オーガナイゼーション」を設立した。AI関連のプロジェクトに関して適正報酬を与える契約を求めて交渉する狙いである。
「私たちの願いは、自分の声が倫理的な形で使用され、誠意ある契約が保証されることだ」とダニエル・ソレル・デ・ラ・プラダ会長は言う。
NAVAや米俳優組合(SAG-AFTRA)では、契約の中でAIによる乱用を防ぐための条項を用意しているが、業界で働く関係者のうち、なんらかの組合に加入しているのは5人に1人にすぎない。
同じように、南アフリカでは声優はフリーランサー扱いであり、サザーランド氏によれば、「組合の結成、権利や公正な市場レートでの報酬や労働基準を求めての集団交渉」はできないとされている。
世界的な法整備が行われるまで、人権擁護活動家たちは、各サイトが、ウェブから収集したデータを元にしたAIによる複製を販売するスタートアップではなく、その声の持ち主に報酬を支払うことを求めている。
ボイシズ・ドットコムのコリン・マッキルビーン副社長は、「現在、AIをめぐる倫理的な問題が非常に大きくなっている」と語る。
マッキルビーン氏は、各サイトとも最近は声の出演について倫理的な提供元を求めており、リアルな声優よりも低コストを優先してきた2年前とは様変わりしている、と明るい口調で語る。
不本意にもポルノや広告で活躍してしまった冒頭のプラタ氏でさえ、適切な規制があれば、AIは表現者として新たな収入源にもなりうると考えている。
「これから15年か20年先、私はとっくに世を去っているだろうが、それでも家族が私の声を所有し、さらに1世代か2世代、生産的に利用することができるとしたら…」とプラタ氏は語る。
「AIは私に影響を及ぼすかもしれないが、それによって私は死を乗り越えられるかもしれない」
(翻訳:エァクレーレン)
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